
神社
忌部神社は、徳島県徳島市を入口にたどる聖地・社寺。阿波忌部の記憶と祭祀の文脈を、地域史と神社境内から整理する。
忌部神社(いんべじんじゃ)は、徳島県徳島市二軒屋町に鎮座する神社。『延喜式神名帳』阿波国麻殖郡「忌部神社 名神大」に比定される阿波国の式内大社で、阿波忌部(あわいんべ)氏の祖神を祀る古社。社格は旧国幣中社。
所在は徳島県徳島市二軒屋町二丁目 48。徳島市街地南部、勢見山(せいみやま)の中腹に鎮座する。当社の比定地は古来より論争があり、現在の二軒屋町(勢見山)、吉野川市山川町忌部山(忌部山忌部神社)、美馬郡つるぎ町貞光(御所神社)などが式内忌部神社の論社(ろんしゃ)として並立する。明治四年(1871 年)の太政官布告で現社地が正式比定地となった。
主祭神は天日鷲命(あめのひわしのみこと)。阿波忌部氏の祖神で、『古語拾遺』に天岩戸神事の際に粟・麻を植え穀木・木綿を作って大神を奉慰した神格として記される。配祀神は長白羽神(ながしらはのかみ、栲幡千千姫)。同じ忌部系統では中央祭祀の祖神・太玉命(ふとだまのみこと)、阿波忌部と並ぶ讃岐忌部・出雲忌部の各祖神と系譜を共有する。隣接の大麻比古神社(鳴門市)、近隣の天石門別八倉比売神社と並び阿波の古代祭祀圏を成す。
創建年は不詳。『延喜式神名帳』に「忌部神社 名神大 月次新嘗」と記され、阿波国の最高位の神社の一つとして遇された。中世以降は所在地が忘れられ、近世になって論社争いが起きる。明治三年(1870 年)に阿波国忌部神社所在調査が行われ、翌四年に現社地が正式比定地となり国幣中社に列せられた。徳島藩主蜂須賀家の崇敬を受け、阿波忌部氏の麻植神事の系譜を継ぐ社として現代に至る。
10 月 19-20 日の例大祭、2 月の麻植祭、6 月 30 日の大祓が主要祭礼。麻植祭は阿波忌部の麻・粟栽培伝承を伝える古式神事。
忌部神社 公式・公的由緒資料
機関資料忌部神社の由緒、所在地、参詣圏を確認するための公式・公的資料。
忌部神社 地域資料・百科資料
二次資料忌部神社の名称、所在地、歴史的背景を補助的に確認する二次資料。