氣比神宮の写真

神社

氣比神宮

公開検証済みけひじんぐう

氣比神宮は福井県にある神社。地域の由緒や伝承を受け止め、交通安全・道開きの祈願領域から地図でたどれる。

概要

氣比神宮(けひじんぐう、気比神宮)は、福井県敦賀市曙町に鎮座する神社で、越前国一宮。主祭神は伊奢沙別命(いざさわけのみこと、伊奢沙和気大神命)。北陸道総鎮守として古来朝廷の崇敬を受け、神宮号を称する数少ない古社の一つ。社格は旧官幣大社。

鎮座地

所在は福井県敦賀市曙町 11-68。若狭湾の東岸、敦賀湾を望む敦賀市街中心部に鎮座する。社域は約 2 万 4 千坪。古代の敦賀(角鹿、つぬが)は北陸道の起点で、大陸・朝鮮半島との交流の窓口に位置し、神功皇后・応神天皇伝承の地として記紀に複数の関連叙述を持つ。境内の大鳥居(重要文化財、寛永年間造立、高さ 10.93m)は日本三大木造大鳥居の一つ。

祀られる神格

主祭神は伊奢沙別命(食物神・北陸の地主神)。相殿に仲哀天皇(帯中日子天皇)・神功皇后(息長帯比売命)・応神天皇(品陀和気天皇、誉田別尊)・日本武尊(倭建命)・玉姫命(神功皇后の妹)・武内宿禰命(建内宿祢、応神天皇期の重臣)を併祀。『古事記』中巻 仲哀天皇段では、武内宿禰が応神天皇(皇太子)を伴って角鹿の笥飯大神(けひのおおかみ、伊奢沙別命)と名替えをした故事(御食津大神・気比大神の名の由来)が記される。

沿革

社伝では、上古より敦賀の地主神 伊奢沙別命を祀ったのが起源。『日本書紀』神功皇后摂政紀には皇后が三韓征伐の途次に当地で武内宿禰と応神皇太子を伴って参拝した記事がある。『延喜式神名帳』(927 年)には越前国敦賀郡「気比神社七座」と記される名神大社。中世以降は北陸道の総鎮守として武家・庶民の崇敬篤く、本殿は明治期に官幣大社に列せられた。第二次世界大戦の敦賀空襲(1945 年)で社殿の大部分が焼失し、戦後に再建された。

主要祭礼

9 月 2–15 日の例大祭(敦賀まつり、氣比の長祭)は北陸三大祭の一つに数えられ、神輿渡御・山車巡行・能楽奉納など多彩な神事が継承される。「氣比の長祭」の名のとおり 14 日間にわたる長期祭礼で、敦賀の年中行事の中核を成す。

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