誉田別命の分類ビジュアル

神仏習合

誉田別命

公開検証済みほんだわけのみこと男神

『古事記』中巻・『日本書紀』神功皇后摂政紀に第15代天皇として記される神格。母は神功皇后、八幡神と同一視される八幡三神の中心。

概要

誉田別命(ほんだわけのみこと)は、『古事記』中巻・『日本書紀』に第15代天皇(応神天皇)として記される人物神。母は神功皇后(息長帯比売命)、父は仲哀天皇。古墳時代を象徴する天皇とされ、中世以降は神仏習合のなかで八幡神と同一視され、武家・庶民の崇敬を集めた。八幡三神(応神天皇・神功皇后・比売大神)の中心として全国の八幡宮で祀られる。

出典上の登場場面

『古事記』中巻 仲哀天皇段・応神天皇段では、母・神功皇后が三韓征伐から帰還する途中の筑紫で生まれ、後に大和へ凱旋する際に異母兄の麛坂王・忍熊王の謀反を退けて即位する経緯が記される。『日本書紀』神功皇后摂政紀および応神天皇紀に同様の伝承が収録され、即位前の太子時代の事績(武内宿禰の補佐、神功皇后摂政期)と即位後の渡来文化導入(百済からの王仁・阿直岐の招聘、応神紀十四〜十六年)が伝えられる。『続日本紀』『続日本後紀』には宇佐八幡神託(神護景雲三年、和気清麻呂の道鏡神託事件)など、八幡神としての応神天皇の信仰展開も記録される。

系譜

父は仲哀天皇、母は神功皇后(気長足姫命・息長帯比売命)。妻は仲姫命・宮主宅媛・矢河枝比売など複数。御子は仁徳天皇となる大鷦鷯尊(おおさざきのみこと)をはじめ多数の皇子皇女に分かれ、大山守皇子・菟道稚郎子・額田大中彦皇子など『古事記』『日本書紀』に列記される。武内宿禰が長く補佐したと伝えられ、皇統譜上は中継ぎ的位置から古代国家の基礎を整える存在として描かれる。

信仰・祭祀

中心となる祭祀地は大分県宇佐市の宇佐神宮(八幡神総本宮)で、八幡大神として神功皇后・比売大神とともに祀られる。京都の石清水八幡宮、鎌倉の鶴岡八幡宮、福岡の筥崎宮、藤崎八旛宮(熊本)、府中八幡宮(広島)、長門住吉神社(山口)など、全国の八幡宮・八幡神社で主祭神として祀られ、その数は神社本庁傘下の約2万社・全神社の三割を占めるとされる。中世以降は武家の守護神として源氏・徳川氏の崇敬を集め、勝運・厄除けの信仰対象となった。

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