鬼ノ城の写真

史跡

鬼ノ城

公開検証済みきのじょう

岡山県総社市の古代山城。温羅伝承では鬼の居城として語られる。

概要

鬼ノ城(きのじょう)は、岡山県総社市奥坂・黒尾に位置する 7 世紀後半の古代山城。温羅(うら)伝説の舞台として知られる聖跡で、桃太郎説話の原形を成す吉備地方の鬼神伝承の中心地。国の史跡(昭和六十一年・1986 年指定)。

鎮座地

所在は岡山県総社市奥坂・黒尾、鬼城山(きのじょうざん、標高 397m)の山頂部一帯。総社平野を一望する戦略的要衝に立地し、城壁は周囲約 2.8km、列石・版築土塁・水門・角楼跡など 7 世紀の朝鮮式山城の典型を残す。鬼城山は『備中国風土記』逸文と『吉備津宮縁起』に温羅の居城として記される。

祀られる神格

鬼ノ城そのものに常設の祭神はないが、伝承の主体は温羅(百済王子の流れを汲む鬼神とされる)と、温羅を討伐した吉備津彦命(きびつひこのみこと)。吉備津彦命は『古事記』中巻 孝霊天皇段に大吉備津日子命(おおきびつひこのみこと)として記される皇族将軍で、四道将軍の一。温羅の首は備中一宮の吉備津神社(きびつじんじゃ)の御釜殿の竈の下に埋められ、鳴釜神事の起源となったと社伝に伝える。

沿革

天智天皇二年(663 年)の白村江の敗戦後、大和朝廷が西国防衛のために築いた古代山城群の一つと考えられ、考古学的に 7 世紀後半の築城と特定される(『日本書紀』天智紀には記録なし)。中世に温羅伝説が成立し、室町期の『太平記』や近世の『吉備温故秘録』に居城として描かれる。昭和五十三年(1978 年)からの発掘調査で実在の山城遺構と確認され、平成十八年(2006 年)に角楼・西門・敷石敷きが復元整備された。

主要祭礼

鬼ノ城そのものに古来の祭礼はないが、吉備津神社(備中一宮)の七十五膳据神事と鳴釜神事が温羅伝承を直接継承する重要祭礼として知られる。

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