
伝承
吉備津彦命が鬼ノ城の温羅を退治したと語られる吉備地方の伝承。
温羅退治は、吉備地方に伝わる鬼退治譚で、吉備津彦命(きびつひこのみこと)が鬼ノ城(きのじょう)に拠った温羅(うら)を討つ物語。温羅は身の丈一丈四尺(約 4m)、両眼炯炯として虎狼のごとく、髪と髭は燃える炎のように赤い鬼神として描かれる。百済の王子であったとも伝わり、吉備の中山に城を築いて周辺を脅かしていた。崇神朝の四道将軍の一人として吉備津彦命が派遣され、温羅と矢を射合う。互いの矢が中空で衝突して落ちる激戦の末、吉備津彦命が温羅を討ち取る。斬られた温羅の首は何年も唸り続け、御釜殿の竈の下に埋めると、その後は人々の吉凶を告げる「鳴釜神事」の起源となったと伝わる。
物語は三段で構成される——(一)温羅の渡来と吉備の侵略、(二)吉備津彦命の派遣と矢合戦、(三)温羅の死と鳴釜神事の起源。在地勢力の表象としての鬼を中央権力が討伐するヤマト王権の征服神話の典型構造を持つ。桃太郎伝承の原型説(柳田國男ら)が広く受け入れられており、犬・猿・雉に対応する家臣(犬飼武・楽々森彦・留玉臣ら)の名も伝承に登場する。鬼の首が唸り続ける箇所は、敵対者の死後の祟りを祭祀によって鎮める「御霊信仰」の構造を示す。
比定地は岡山県岡山市北区一帯。吉備津神社(岡山市北区吉備津、備中国一宮)は吉備津彦命を主祭神とし、本殿・拝殿は国宝に指定される。社殿の御釜殿で行われる「鳴釜神事」は重要無形民俗文化財。鬼ノ城(岡山県総社市奥坂)は古代山城遺構で 2006 年に日本 100 名城に選定され、温羅の居城と伝わる。吉備津彦神社(岡山市北区一宮、備前国一宮)、矢喰宮(岡山市北区高塚、温羅と吉備津彦命の矢が落ちた地)など関連聖地が周辺に集積する。
『古事記』中巻 孝霊天皇段(太安万侶撰、和銅五年・712 年)に四道将軍として吉備津彦命の派遣記事がある。温羅伝承の名が記される直接の典拠は『吉備津宮縁起』『備中国神社考』など中世以降の社伝・地誌で、文献成立は鎌倉・室町期以降。『日本書紀』崇神紀の四道将軍記事と接続して語られる。岡山県古代吉備文化財センターの考古学調査、吉備津神社公式サイト「御祭神」「ご由緒」、文化庁による国宝・国史跡指定資料も継承資料である。
吉備津神社 公式サイト
機関資料吉備津神社
吉備津神社公式サイトの温羅退治伝承・由緒情報。
https://www.kibitujinja.com/温羅 - Wikipedia 日本語版
二次資料Wikipedia contributors
温羅退治伝承に関する二次整理。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B8%A9%E7%BE%85