
神社
霧島東神社は宮崎県にある神社。所在地と由緒を手がかりに、道開き・勝運の信仰文脈から地図でたどれる。
霧島東神社(きりしまひがしじんじゃ)は、宮崎県西諸県郡高原町大字蒲牟田に鎮座する神社。霧島山系の中腹に鎮座する旧霧島六社権現の一社で、霧島連山を神体山とする山岳信仰の中核社の一つ。
所在は宮崎県西諸県郡高原町大字蒲牟田 6437。霧島連山の御池(みいけ)東岸、高千穂峰の東麓に鎮座し、社地は標高約 500m の山中に位置する。霧島連山を神体山と仰ぐ立地で、近隣の霧島神宮・霧島岑神社・東霧島神社などとともに「霧島六社権現」を構成する山岳信仰圏の一角を占める。
主祭神は伊弉諾尊(いざなぎのみこと)、伊弉冊尊(いざなみのみこと)。配祀に天照大御神、瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)、彦火火出見尊(ひこほほでみのみこと)、鸕鶿草葺不合尊(うがやふきあえずのみこと)を祀る天孫降臨神話の系譜を中軸に据える。霧島連山は『日向国風土記』逸文に瓊瓊杵尊の天孫降臨の地として記され、本社は天孫降臨神話の現地祭祀の核として位置づけられる。
創建は性空上人(しょうくうしょうにん、910-1007)が天台僧として霧島山に錫を留めた天暦年間(947-957)と伝えられる。霧島六社権現は中世に霧島修験道の祭祀圏を形成し、本社はその東社として展開した。江戸期には島津家の保護を受けたが、宝永の噴火(1716 年)と天明の大噴火(1771 年)で堂塔が焼亡し、その後再建された。明治の神仏分離で霧島東神社と改称し、県社の格を受けた。
11 月の例大祭が中心で、御池での神事と山岳神事を継承する。霧島連山の春秋彼岸祭礼も継承される。
霧島東神社 由緒・所在地資料
機関資料各社寺・公的機関
霧島東神社の名称・所在地・由緒を確認するための社寺・公的機関の公開資料。
霧島東神社 - Wikipedia 日本語版
二次資料Wikipedia contributors
霧島東神社の名称・所在地・座標を確認するため、Wikidata item Q113691340 と日本語版 Wikipedia を参照。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9C%A7%E5%B3%B6%E6%9D%B1%E7%A5%9E%E7%A4%BE