
記紀神話
伊邪那岐命は記紀神話に位置づける神格。厄除け・道開きの祈願領域から、関係する神社や聖地へたどる入口になる。
伊邪那岐命(いざなぎのみこと)は、『古事記』『日本書紀』に記される神世七代の最後の男神。妹神 伊邪那美命とともに国生み・神生みを行い、後に黄泉国から戻った禊で天照大御神・月読命・建速須佐之男命の三貴子を生んだ神格として皇祖系譜の起点に位置づけられる。
『古事記』上巻では、天つ神の命を受けて天浮橋に立ち、天沼矛で塩こおろこおろに掻き鳴らして淤能碁呂島(おのごろじま)を成すところから物語が始まる。妹神 伊邪那美命と婚姻し、大八島国と多くの神々を生むが、火神 迦具土神を生んだ伊邪那美命の死後、黄泉国を訪ねて妻を取り戻そうとし、変わり果てた姿を見て逃げ帰る場面が記される。橘の小門の阿波岐原での禊で三貴子を含む多くの神々が成った。
神世七代の七代目で、妹神 伊邪那美命と対をなす。子神は無数に及び、大八島国の島々、海・山・川・木・草の神々、そして黄泉国から戻った禊で生まれた天照大御神・月読命・建速須佐之男命の三貴子が最も重要。三貴子を通じて、皇統と出雲系神統の双方の起点となる。
多賀大社(滋賀県多賀町)、伊弉諾神宮(兵庫県淡路市、淡路国一宮)を主たる鎮座社とする。伊弉諾神宮は淡路島が国生み神話の起点であることに由来し、『延喜式神名帳』(927 年)にも見える古社。延命長寿・夫婦和合・縁結びの神として古代から近世まで広く信仰された。
古事記 上巻 国産み・神産み段(伊邪那岐命)
一次文献太安万侶(撰)
太安万侶撰「古事記」上巻、和銅5年(712年)成立。伊邪那岐命と伊邪那美命による国土・神々の生成を記す。國學院大學 古典文化学事業 デジタル版古事記による。
https://kojiki.kokugakuin.ac.jp/伊邪那岐命 関連社寺由緒資料
機関資料各社寺・公的機関
伊邪那岐命の祭祀・信仰上の性格を確認するための由緒資料。
Izanagi-no-Mikoto — Wikidata Q11429
二次資料Wikidata contributors
Wikidata structured data entry Q11429: Izanagi-no-Mikoto. 開放知識グラフによる構造化データ。
https://www.wikidata.org/wiki/Q11429伊邪那岐命 - Wikipedia 日本語版
二次資料Wikipedia contributors
伊邪那岐命の概要に関する二次整理。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BC%8A%E9%82%AA%E9%82%A3%E5%B2%90%E5%91%BD読み解き
伊邪那岐命は、古事記・日本書紀の冒頭に立つ「国生み」の神である。妹であり妻でもある伊邪那美命とともに日本列島を生み、自然や生活の神々を生み続けたが、火の神を生む際に伊邪那美が亡くなったことで、神話は黄泉の国の段へと折り返す。
この神を読むときの鍵は、「分けること」と「祓うこと」にある。生と死、清と穢、男と女、あらゆる二項を立て、その間を行き来する神格として記紀に位置づけられている。黄泉から帰った伊邪那岐が川で身を清めた場面(禊)から、天照大御神・月読命・素戔嗚尊の三貴子が生まれる。日本の神話世界の主要な系譜の多くが、この一連の所作から始まる。
縁の地は淡路島周辺に集中する。淡路市の伊弉諾神宮は、伊邪那岐命が国生みを終えたあと幽宮(かくりのみや)を構えたとされる場所で、現在も同神を主祭神として祀る。宮崎県日向の禊伝承や、滋賀県の多賀大社(多賀信仰の中心)も、この神の物語と結ばれた土地として知られる。
診断でこの神が示されるとき、それは「境を越える役割」「区切りをつける役割」を担いやすい人と読まれる。神話の伊邪那岐がそうであったように、何かを終え、清め、新しい系譜を生み出す側に立つ素地を意味する。
子神