
寺院
国泰寺は富山県高岡市にある寺院。名称、所在地、由緒を分け、厄除け・道開きの信仰文脈から地図でたどれる。
30秒でわかる
国泰寺は富山県高岡市に位置する寺院です。所在地、由緒、周辺に伝わる信仰の文脈を入口に、富山県の土地との結びつきを地図とグラフで確認できます。分類は検索補助として扱います。
国泰寺(こくたいじ)は、富山県高岡市太田に所在する臨済宗国泰寺派の大本山。山号は摩頂山(まちょうざん)。臨済宗 14 派の一派の総本山で、北陸臨済禅の中核に位置する。
所在は富山県高岡市太田 184。能登半島の付け根、二上山(ふたがみやま)南西麓に鎮座し、社地は越中国射水郡の山中に位置する。JR 氷見線雨晴駅から南へ約 3km、富山湾を見下ろす丘陵地に堂宇を展開し、中世禅宗様の伽藍配置を維持する。境内一帯は富山県の景観地として整備されている。
本尊は釈迦如来(しゃかにょらい)。脇侍に阿難尊者・迦葉尊者を配する。臨済宗系寺院として、開山・慈雲妙意(じうんみょうい、1274-1345)の祖統に連なる禅宗寺院。慈雲は南浦紹明(なんぽしょうみょう)の法を継ぎ、京都大徳寺・妙心寺の祖統と並ぶ独自の臨済禅一派を北陸に開いた。境内の不老堂・法堂・開山堂などが県指定文化財。
正中元年(1324 年)、慈雲妙意が二上山中に庵を結び、正中庵と称したのが起源。康永元年(1342 年)に後醍醐天皇の勅願により国泰寺と改称し、十方剎那禅院の格を受けた。室町期から戦国期にかけて北陸の禅文化の拠点となり、近世は加賀藩前田家の保護を受けた。明治十六年(1883 年)に臨済宗国泰寺派として独立。境内は数度の火災を経て再建され、現存する伽藍は近世以降のもの。
6 月の開山忌が中核行事で、開山慈雲妙意の遺徳を顕彰する儀礼が執行される。
国泰寺 由緒・所在地資料
機関資料各社寺・公的機関
国泰寺の名称・所在地・由緒を確認するための社寺・公的機関の公開資料。
国泰寺 公式サイト
機関資料臨済宗國泰寺派大本山 摩頂山 国泰寺(富山県高岡市)の沿革・所在地に関する公式情報。
https://www.kokutaiji.jp/国泰寺 - Wikipedia 日本語版
二次資料Wikipedia contributors
国泰寺の名称・所在地・座標を確認するため、Wikidata item Q1504555 と日本語版 Wikipedia を参照。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9B%BD%E6%B3%B0%E5%AF%BA_(%E9%AB%98%E5%B2%A1%E5%B8%82)