
神社
日御碕神社は島根県にある神社。所在地と由緒を手がかりに、道開き・健康の信仰文脈から地図でたどれる。
日御碕神社(ひのみさきじんじゃ)は、島根県出雲市大社町日御碕に鎮座する神社。『延喜式神名帳』出雲国出雲郡「御碕神社」に比定される名神大社で、出雲大社(同町杵築東)と並ぶ出雲西部の主要祭祀社。社格は旧国幣小社。
所在は島根県出雲市大社町日御碕 455。島根半島西端、日御碕(ひのみさき)灯台の南方、断崖の入江に鎮座する。社地は朱塗りの権現造社殿群(重要文化財、寛永二十年・1643 年再建)からなる「下の宮」(日沈宮)と、背後の経島(ふみしま)を遥拝する「上の宮」(神の宮)の二宮で構成される。経島は国指定天然記念物のウミネコ繁殖地。出雲半島最西端の祭祀地として、東西の伊勢神宮(日昇)と対をなす「日沈宮」の位置づけ。
下の宮(日沈宮)の主祭神は天照大御神。上の宮(神の宮)の主祭神は素戔嗚尊(すさのおのみこと)。『古事記』上巻 神生み段以降の出雲・天孫両神話の中核神を祀る独自の祭祀構成。社伝では神代に素戔嗚尊が韓国から渡海して経島に祀られ、後に天照大御神が経島に「日沉み宮」として祀られたと伝える。近隣の出雲大社・須佐神社(出雲市佐田町)と共に出雲西部の神話景観の中核を成す。
社伝では神代の創建と伝え、第十代崇神天皇朝に勅命により現在地に整備されたとする。『延喜式神名帳』出雲国出雲郡所載の名神大社で、平安期から崇敬を集めた。中世以降は出雲国守護尼子氏・毛利氏の崇敬を受け、寛永二十年(1643 年)に江戸幕府三代将軍徳川家光(とくがわいえみつ、1604-1651)が朱塗権現造の社殿群を造営した。現社殿群(楼門・廻廊・拝殿・神殿)は全て国指定重要文化財。明治四年(1871 年)に国幣小社に列せられた。
8 月 7 日の例祭(神剣渡御祭)が中心で、神剣を奉じた神輿が経島へ渡御する。年間を通じて「夕日の聖地」としての景観祭祀が継承され、近隣の出雲大社の旧暦十月の神在月祭礼と並ぶ出雲西部の中核祭礼。
日御碕神社 由緒・所在地資料
機関資料各社寺・公的機関
日御碕神社の名称・所在地・由緒を確認するための社寺・公的機関の公開資料。
日御碕神社 - Wikipedia 日本語版
二次資料Wikipedia contributors
日御碕神社の名称・所在地・座標を確認するため、Wikidata item Q1619446 と日本語版 Wikipedia を参照。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E5%BE%A1%E7%A2%95%E7%A5%9E%E7%A4%BE