
神社
越中国一宮。立山を御神体とし、伊邪那岐神・天手力雄神を祀る三社の一。
雄山神社前立社壇(おやまじんじゃ まえたてしゃだん)は、富山県中新川郡立山町岩峅寺に鎮座する越中国一宮の一社。立山(雄山 3003m)を御神体とし、山頂の峰本社、芦峅寺の中宮祈願殿と共に三社一体で雄山神社を構成する。本殿は国重要文化財。社格は旧国幣小社。
所在は富山県中新川郡立山町岩峅寺 1。立山連峰の登拝口、常願寺川の右岸に鎮座する。雄山山頂の峰本社(標高 3003m)、芦峅寺の中宮祈願殿(標高 475m)と立山登拝ラインを成し、岩峅寺の前立社壇は里宮として平地部の祭祀拠点を担う。立山連峰は富山平野から望む信仰景観の中軸で、立山黒部アルペンルートの拠点。
主祭神は伊邪那岐神(いざなぎのかみ)と天手力雄神(あめのたぢからをのかみ)。伊邪那岐神は『古事記』上巻 国生み段で大八島国を生んだ国土創生神、天手力雄神は『古事記』上巻 天石屋戸段で天照大御神が籠もった天石屋戸を引き開けた力神。立山修験では伊邪那岐神を本地阿弥陀如来、天手力雄神を本地不動明王に配し、神仏習合下の立山曼荼羅の中軸とした。関連の白山比咩神社(石川県、加賀国一宮)、戸隠神社(長野県、天手力雄神を祀る)と共に北陸修験道の祭祀圏を構成する。
社伝では大宝元年(701 年)に佐伯有頼(さえきのありより、慈興上人)が立山を開山したのを起源と伝える。延喜式神名帳に「越中国新川郡 雄山神社 名神大」と登載され、平安期に名神大社の格を得た。中世は立山修験の根本道場として全国の修験者を集め、立山曼荼羅の絵解きで全国に布教した。近世は加賀藩前田氏の崇敬を受ける。前立社壇の本殿は室町後期の建立で、国重要文化財。
7 月 25 日-9 月 30 日の登拝期間中の峰本社例祭、4 月 8 日の前立社壇例祭が中心。登拝期間中は山頂峰本社で連日の登拝祈祷が行われ、立山修験の生きた継承の場となっている。
延喜式 第十巻 神名帳
一次文献藤原時平・忠平ほか(撰)
『延喜式』神名帳(927年成立)所載「越中国新川郡 雄山神社」名神大社。立山信仰の中核。
雄山神社 公式サイト
機関資料雄山神社
雄山神社公式サイト「御祭神」「御由緒」。
http://www.oyamajinja.org/Wikipedia 日本語版「雄山神社」
二次資料Wikipedia 日本語版
Wikipedia 日本語版「雄山神社」。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9B%84%E5%B1%B1%E7%A5%9E%E7%A4%BE