
寺院
總持寺祖院は石川県輪島市にある寺院。名称、所在地、由緒を分け、厄除け・道開きの信仰文脈から地図でたどれる。
30秒でわかる
總持寺祖院は石川県輪島市に位置する寺院です。所在地、由緒、周辺に伝わる信仰の文脈を入口に、石川県の土地との結びつきを地図とグラフで確認できます。分類は検索補助として扱います。
總持寺祖院(そうじじそいん)は、石川県輪島市門前町門前に所在する曹洞宗の寺院。曹洞宗大本山總持寺(横浜市鶴見区)の祖院で、鎌倉期に瑩山紹瑾(けいざんじょうきん、1264-1325)が開山した日本曹洞宗草創期の中核寺院。
所在は石川県輪島市門前町門前 1-18 甲。能登半島西岸、輪島市南部の門前町域に鎮座する。能登半島の山間に大伽藍を構え、近隣には永光寺(羽咋市酒井町)・大乘寺(金沢市長坂町)など曹洞宗北陸三本山の関連寺院が点在し、北陸地方の曹洞宗祭祀景観の中核を成す。
本尊は釈迦如来。脇侍として開山瑩山紹瑾禅師・二代峨山韶碩(がさんじょうせき)禅師を配する曹洞宗の祭祀構成を継承する。曹洞宗の本尊として釈迦如来を中軸に、開山祖師の霊像を併祀する。境内には瑩山禅師の墓塔・峨山禅師の墓塔があり、曹洞宗の祖師信仰の中核地として位置づけられる。
元亨元年(1321 年)、瑩山紹瑾が能登国櫛比庄に当寺を開創したのが起源。元来諸嶽山總持寺と称し、曹洞宗の大本山として近世まで機能した。明治三十一年(1898 年)の火災で大半の伽藍を焼失したのを機に、明治四十四年(1911 年)に大本山機能が横浜市鶴見区に移転し、能登の旧地は祖院として継承された。平成十九年(2007 年)の能登半島地震、令和六年(2024 年)の能登半島地震で再び被災し、伽藍復興が進められている。
7 月の瑩山禅師御征忌(ごしょうき)が中心。曹洞宗の祖師供養の年中行事として継承される。
總持寺祖院 由緒・所在地資料
機関資料各社寺・公的機関
總持寺祖院の名称・所在地・由緒を確認するための社寺・公的機関の公開資料。
大本山總持寺祖院 公式サイト
機関資料曹洞宗 大本山總持寺祖院(石川県輪島市門前町門前)の沿革・所在地・参拝情報に関する公式案内。
https://noto-soin.jp/總持寺祖院 - Wikipedia 日本語版
二次資料Wikipedia contributors
總持寺祖院の名称・所在地・座標を確認するため、Wikidata item Q3511690 と日本語版 Wikipedia を参照。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B8%BD%E6%8C%81%E5%AF%BA%E7%A5%96%E9%99%A2