
神社
高天神社は静岡県にある神社。所在地と由緒を手がかりに、学業・厄除けの信仰文脈から地図でたどれる。
高天神社(たかてんじんじゃ)は、静岡県掛川市上土方嶺向に鎮座する神社。戦国期の高天神城(たかてんじんじょう)の城内鎮守として知られる古社で、現在は山頂の城跡に鎮座する。社格は旧郷社。
所在は静岡県掛川市上土方嶺向 3136。遠江国東部、掛川市南部の高天神山(標高 132 m)山頂部に鎮座する。社地は国史跡「高天神城跡」内に営まれ、近隣の小笠山連峰、横須賀城跡(掛川市西大渕)、諏訪原城跡(島田市菊川)と共に遠江国東部の戦国期城郭祭祀景観を構成する。
主祭神は高皇産霊尊(たかみむすひのみこと)、菅原道真(すがわらのみちざね、845-903)。『古事記』上巻 神生み段冒頭に造化三神の一として登場する高皇産霊尊を主祭神に置き、北野天満宮(京都市上京区)・大宰府天満宮(福岡県太宰府市)を本社とする天満信仰の系統を併祀する。社名「高天神」は造化神たる高皇産霊尊に由来し、城名・地名もこれに因む。
社伝では古代の創祀と伝えられるが、確実な文献は中世以降。室町期から戦国期にかけて当地に高天神城が築かれると城内鎮守として崇敬され、今川氏・武田氏・徳川氏の争奪の対象となった天正二年(1574 年)の武田勝頼による攻略、天正九年(1581 年)の徳川家康による奪還の高天神城の戦いの舞台となった。江戸期に城は廃城となり、社のみが山頂に残った。明治期に郷社に列せられた。
4 月の例祭が中心。山頂の社まで参拝者が登拝し、戦国期の城郭遺構を巡る信仰行事として継承されている。
高天神社 由緒・所在地資料
機関資料各社寺・公的機関
高天神社の名称・所在地・由緒を確認するための社寺・公的機関の公開資料。
高天神社 - Wikipedia 日本語版
二次資料Wikipedia contributors
高天神社の名称・所在地・座標を確認するため、Wikidata item Q11669115 と日本語版 Wikipedia を参照。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%AB%98%E5%A4%A9%E7%A5%9E%E7%A4%BE