
神社
戸隠神社を天岩戸神話、奥社参道、山岳信仰の接点から整理する入口になる。
戸隠神社(とがくしじんじゃ)は、長野県長野市戸隠に鎮座する神社。戸隠山(標高 1904m)の麓に奥社・中社・宝光社・九頭龍社・火之御子社の五社が点在し、総称して「戸隠神社」と呼ぶ。古来、修験道の霊場として知られ、現在は天岩戸神話に縁の深い神々を祀る。
所在は長野県長野市戸隠(奥社:3690、中社:3506、宝光社:2110)。長野市北西部、戸隠連峰の山麓に標高約 1200m 前後の高地に展開する。奥社へは表参道から約 2km の杉並木(樹齢約 400 年、約 200 本)が続き、随神門を経て山中の社殿に至る。戸隠山自体が御神体山であり、その峻険な岸壁が「天岩戸の扉が飛来して山となった」とする社伝の景観的根拠となっている。
五社それぞれに主祭神を祀る。奥社は天手力雄命(あめのたぢからおのみこと、『古事記』上巻 天岩戸段で天照大御神を岩戸から引き出した神)、中社は天八意思兼命(あめのやごころおもいかねのみこと、岩戸事件の対策を立案した神)、宝光社は天表春命(あめのうわはるのみこと、思兼命の御子神)、九頭龍社は地主神の九頭龍大神、火之御子社は天鈿女命(あめのうずめのみこと、岩戸前で舞った神)を主祭神とする。社伝では、天岩戸を引き開けた手力雄命が投げた岩戸が信濃国に飛来し、戸隠山となったとする。
創建について社伝は孝元天皇五年(紀元前 210 年)とするが史実は不詳。平安期から修験道の霊場「戸隠山顕光寺」として栄え、比叡山・高野山と並ぶ三大霊場の一に数えられた。中世には戸隠山三千坊と称される修験集団を擁し、武田信玄・上杉謙信の信仰も受けた。明治の神仏分離(1868 年〜)により仏教色を排し、神社として再編。1873 年(明治 6 年)に「戸隠神社」と公称した。
5 月から 8 月にかけて各社で式年祭が分散して行われる。中社の御柱祭は 7 年に一度(次回 2028 年)、長野県無形民俗文化財。10 月 18 日の太々神楽は修験道由来の神楽伝統を継承する祭礼として知られる。
戸隠神社 由緒・所在地資料
機関資料各社寺・公的機関
戸隠神社の名称・所在地・由緒を確認するための社寺・公的機関の公開資料。
戸隠神社 由緒資料
機関資料戸隠神社の由緒、所在地、信仰圏を確認するための公式・公的資料。
戸隠神社 - Wikipedia 日本語版
二次資料Wikipedia contributors
戸隠神社の名称・所在地・座標を確認するため、Wikidata item Q218828 と日本語版 Wikipedia を参照。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%88%B8%E9%9A%A0%E7%A5%9E%E7%A4%BE戸隠神社 - Wikipedia 日本語版
二次資料Wikipedia contributors
戸隠神社の名称、所在地、歴史的背景を補助的に確認する二次資料。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%88%B8%E9%9A%A0%E7%A5%9E%E7%A4%BE