
伝承
仲哀天皇没後、神功皇后が住吉三神の託宣を受け、新羅・百済・高句麗を服属させたと語られる征討譚。帰還後の筑紫宇美で応神天皇を出産する。
神功皇后三韓征伐は、『日本書紀』巻第九 神功皇后紀および『古事記』中巻 仲哀天皇段に記される伝承。仲哀天皇は熊襲征討中に神託に背き急逝する。皇后は住吉三神(底筒男命・中筒男命・表筒男命)と天照大神の託宣を受け、武内宿禰(たけしうちのすくね)を従えて筑紫から船団を発する。皇后は懐妊中であったため腰に石を当てて出産を遅らせ、神風と魚の助けで海を渡り、新羅王は戦わずして服属、百済・高句麗もこれに従ったと語られる。帰還後の筑紫宇美で誉田別尊(ほむたわけのみこと、後の応神天皇)を出産する。
物語は「託宣」「神懸かりの神功皇后」「神助による渡海」「敵の自発的服属」「神聖な出産」という、王権の正統性を神意で裏付ける構造を取る。住吉三神の航海神格、八幡神(応神天皇)の出生譚、武内宿禰の補佐という三重の信仰要素を結節し、後世の八幡信仰の中核を成す。なお現代史学では実在性に否定的な見解が主流であり、伝承としての層に注意して扱う。
福岡市博多区の住吉神社(航海託宣の地)、福岡県糟屋郡宇美町の宇美八幡宮(応神天皇出生伝承地)、福岡市東区の香椎宮(仲哀天皇崩御伝承地)、下関市の忌宮神社などが主要伝承地。大阪市住吉区の住吉大社も三韓出兵に従った住吉三神を祀る。
『日本書紀』巻第九 神功皇后紀(養老四年・720 年成立)が中心。『古事記』中巻 仲哀天皇段、平安期の『八幡愚童訓』、香椎宮・宇美八幡宮の社伝にも展開する。
日本書紀 巻第九 神功皇后紀
一次文献舎人親王(編)
日本書紀巻九に神功皇后の住吉三神託宣、新羅出兵、筑紫宇美での誉田別尊出産が記される。
https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1157499神功皇后 - Wikipedia 日本語版
二次資料Wikipedia contributors
神功皇后と三韓征伐伝承、八幡信仰との関係に関する二次整理。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A5%9E%E5%8A%9F%E7%9A%87%E5%90%8E