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伝承

大田田根子伝承

公開検証済みおおたたねこでんしょう

崇神朝の疫病に際し大物主神の子孫・大田田根子を祭主に立てて疫病を鎮めたと日本書紀に記される伝承。

あらすじ

日本書紀 巻第五 崇神天皇紀に、崇神天皇の御代に疫病が流行り民の半数が亡くなったと記される。天皇が神浅茅原で神意を伺ったところ、大物主神が「我が子大田田根子に我を祀らせれば疫病は止む」と告げたとされる。天皇は使者を遣わし茅渟県陶邑(現在の大阪府堺市)で大田田根子を見出した。父は大物主神、母は陶津耳の娘・活玉依媛と答えたと記される。天皇は大田田根子を大物主神の祭主とし、市磯長尾市を倭大国魂神の祭主としたところ、疫病が止み五穀が実ったとされる。

主な場面

疫病の流行、神浅茅原の卜占、大物主神の夢告、茅渟県陶邑での大田田根子発見、出自の確認、祭主任命、疫病鎮静、という段で構成される。大神神社の起源伝承の核として伝わる。

舞台・伝承地

茅渟県陶邑(大阪府堺市付近)が大田田根子発見の地。御諸山(三輪山、奈良県桜井市)が大物主神の鎮座地。大神神社摂社 大直禰子神社(重要文化財)が大田田根子を祭神として祀る。

出典

日本書紀 巻第五 崇神天皇紀。古事記 中巻にも意富多多泥古命として同伝承を収録。国史大系 第1巻 日本書紀(1897-1901年経済雑誌社刊)等で校訂本が刊行された。

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