久遠寺の分類ビジュアル

寺院

久遠寺

公開検証済みくおんじ

久遠寺は山梨県身延町にある寺院。名称、所在地、由緒を分け、厄除け・道開きの信仰文脈から地図でたどれる。

概要

久遠寺(くおんじ)は、山梨県南巨摩郡身延町身延に所在する日蓮宗の総本山。山号は身延山(みのぶさん)。日蓮聖人(にちれんしょうにん、1222-1282)が晩年九年を過ごし入滅した地で、全国日蓮宗の信仰的中軸。

鎮座地

所在は山梨県南巨摩郡身延町身延 3567。富士川支流・早川と富士川の合流地点近傍、身延山(標高 1153m)の中腹に鎮座する。社地は身延山の東麓、標高約 400m の段丘上に展開し、本堂・祖師堂・五重塔・三門の主要堂宇が一直線に並ぶ近世以降の伽藍配置を維持する。境内一帯と背後の身延山は国指定史跡。

祀られる神格

本尊は曼荼羅本尊(まんだらほんぞん)と一塔両尊(多宝如来・釈迦如来の二仏並坐に四菩薩を配する)。祖師堂には日蓮聖人坐像を奉安する。日蓮聖人を宗祖とする日蓮宗の総本山として、全国日蓮宗の信仰の中心。比叡山延暦寺・高野山金剛峯寺と並ぶ日本仏教の三大本山の一つに数えられる。

沿革

文永十一年(1274 年)、日蓮聖人が甲斐国身延山中に庵を結び、九年間にわたり弟子の育成と『法華経』講義を行ったのが起源。弘安五年(1282 年)、日蓮入滅後に弟子日向(にこう)が継承し、十四世紀以降に本格的な伽藍が整備された。中世以降は鎌倉・京都の日蓮宗寺院群の本山として展開し、近世は徳川幕府の朱印地を受けた。明治八年(1875 年)の大火で多くの堂宇を失ったが、明治期以降の再建で現存の伽藍が整備された。

主要祭礼

2 月の節分会、4 月の宗祖降誕会、10 月の御会式(おえしき、日蓮聖人忌)が三大法要として継承される。全国の日蓮宗信徒の参詣が通年の参詣動線の中核。

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出典

  • 久遠寺 由緒・所在地資料

    機関資料

    各社寺・公的機関

    久遠寺の名称・所在地・由緒を確認するための社寺・公的機関の公開資料。

  • 日蓮宗総本山 身延山久遠寺 公式サイト

    機関資料

    山梨県南巨摩郡身延町 日蓮宗総本山 身延山久遠寺の宗旨・寺格(日蓮宗総本山)・文永十一年(1274年)日蓮聖人の身延入山と弘安四年(1281年)の十間四面大坊建立・祖廟御廟所・五重塔再建等の伽藍に関する公式由緒。

    https://www.kuonji.jp/
  • 久遠寺 - Wikipedia 日本語版

    二次資料

    Wikipedia contributors

    久遠寺の名称・所在地・座標を確認するため、Wikidata item Q1516881 と日本語版 Wikipedia を参照。

    https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B9%85%E9%81%A0%E5%AF%BA

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