
聖地
恐山信仰と下北半島の霊場性を、山・湖・寺院境内の層に分けて整理する入口になる。
恐山(おそれざん)は、青森県むつ市にある標高 879 メートルの活火山と宇曽利山湖(うそりやまこ)を中心とする霊場。比叡山・高野山と並ぶ日本三大霊場の一つで、寺院・カルデラ湖・荒涼たる火山地形が一体となった死者供養の聖地として知られる。山中の菩提寺(ぼだいじ)は曹洞宗の寺院で、本尊は地蔵菩薩。
所在は青森県むつ市田名部宇曽利山 3-2(菩提寺)。下北半島中央部、宇曽利山湖を取り囲む釜臥山・大尽山・小尽山・北国山・屏風山などの外輪山を総称して恐山と呼ぶ。境内地は硫黄ガスが噴き出す賽の河原(さいのかわら)の地獄景観と、湖畔の極楽浜(ごくらくはま)の対照で死後の世界を体現する独特の地理を持つ。本州最北の霊場として津軽海峡に近い。
本尊は地蔵菩薩。地蔵菩薩は冥途で死者を救う仏として日本では中世以来民間信仰の中心を成し、恐山では「水子供養」「先祖供養」の本尊として位置づけられる。境内には円通寺の鎮守として山王権現を祀る他、湖畔のイタコ(巫女)による「口寄せ」が東北民間信仰の独自の習俗として継承される。同じ東北の山岳霊場である出羽三山の月山が「来世」を担うのに対し、恐山は地獄・極楽の景観そのものを参詣者が踏破する点で特異な位置を占める。
寺伝では貞観四年(862 年)、慈覚大師円仁が唐留学からの帰途、夢告により下北半島で霊地を求めて恐山を開山したと伝えられる。中世には円通寺(曹洞宗)が支配を確立、近世以降は南部藩の祈願所として庇護を受けた。明治の神仏分離・廃仏毀釈の影響を受けつつも、地蔵信仰と東北民間信仰(イタコの口寄せ)の習合により独自の霊場として継続。1976 年に観光霊場として再注目され、現在は曹洞宗永平寺直末の菩提寺が管理する。
7 月 20 日〜 24 日の恐山大祭、10 月の秋祭り(恐山秋詣り)が中心。大祭中はイタコ(女性盲目巫女)が境内に集まり、亡くなった肉親の言葉を「口寄せ」する習俗が継承される。賽の河原での小石を積む供養、極楽浜への灯籠流しなど、死者供養に特化した独特の祭礼が現代まで継承されている。
恐山 由緒・所在地資料
機関資料各社寺・公的機関
恐山の名称・所在地・由緒を確認するための社寺・公的機関の公開資料。
恐山菩提寺 由緒資料
機関資料恐山の由緒、所在地、信仰圏を確認するための公式・公的資料。
恐山 - Wikipedia 日本語版
Wikipedia contributors
恐山の名称・所在地・座標を確認するため、Wikidata item Q1377333 と日本語版 Wikipedia を参照。
恐山 - Wikipedia 日本語版
二次資料Wikipedia contributors
恐山の名称、所在地、歴史的背景を補助的に確認する二次資料。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%81%90%E5%B1%B1