
寺院
頼久寺は岡山県高梁市にある寺院。名称、所在地、由緒を分け、厄除け・道開きの信仰文脈から地図でたどれる。
30秒でわかる
頼久寺は岡山県高梁市に位置する寺院です。所在地、由緒、周辺に伝わる信仰の文脈を入口に、岡山県の土地との結びつきを地図とグラフで確認できます。分類は検索補助として扱います。
頼久寺(らいきゅうじ)は、岡山県高梁市頼久寺町に所在する寺院。備中松山藩の小堀遠州(こぼりえんしゅう、1579-1647)作と伝えられる枯山水庭園(国指定名勝)で知られる中世末から近世初頭の禅刹。山号は天柱山、宗派は臨済宗永源寺派。
所在は岡山県高梁市頼久寺町 18。岡山県中央部、高梁盆地南東部の段地に鎮座する。社地は備中松山城(国指定史跡、現存十二天守の一)の西方山麓に位置し、近隣には備中松山城、武家屋敷石火矢町、石火矢町ふるさと村などがあり、備中高梁の城下町祭祀景観を構成する。庭園は備中松山城を背景に蓬莱式枯山水として設計された。
本尊は釈迦如来。脇侍に文殊菩薩・普賢菩薩を祀る。臨済宗永源寺派の宗祖関係として、近江永源寺(東近江市)の寂室元光(じゃくしつげんこう、1290-1367)系の禅院。境内には小堀遠州が備中松山藩政務を取った頃の遺風を伝える庭園が中心遺構として残る。
寺伝では暦応二年(1339 年)、足利尊氏(1305-1358)が安国寺の一として創建したと伝える。確実な文献初出は南北朝期以降。寺号は備中松山城主上野頼久(うえののりひさ)の名に由来し、頼久が当寺を菩提寺としたことから後世「頼久寺」と称された。元和五年(1619 年)から寛永十一年(1634 年)まで備中松山城番として赴任した小堀政一(遠州、茶人・作庭家)が当寺を仮政庁としつつ、枯山水庭園を作庭したと伝える。庭園は国指定名勝。
4 月の春期茶会、10 月の秋期茶会が中心。庭園の景観を継承する文化行事として年中行事化し、地域文化財の継承の場として継続される。
頼久寺 由緒・所在地資料
機関資料各社寺・公的機関
頼久寺の名称・所在地・由緒を確認するための社寺・公的機関の公開資料。
天柱山 頼久寺 公式サイト
機関資料臨済宗永源寺派 天柱山 頼久寺(岡山県高梁市)の沿革・所在地・参拝情報に関する公式案内。
http://raikyuji.com/頼久寺 - Wikipedia 日本語版
二次資料Wikipedia contributors
頼久寺の名称・所在地・座標を確認するため、Wikidata item Q2385052 と日本語版 Wikipedia を参照。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%A0%BC%E4%B9%85%E5%AF%BA