
寺院
京都市左京区大原にある天台宗門跡寺院。最澄草創を伝え、平安期建立の往生極楽院に国宝阿弥陀三尊像を安置する。
三千院は、京都市左京区大原来迎院町にある天台宗の門跡寺院である。寺伝では延暦年間(七八二〜八〇六年)に伝教大師最澄が比叡山東塔南谷に草庵を結んだことに始まると伝え、後世に大原へ移転し「三千院」と称された。境内の往生極楽院は重要文化財建造物で、内陣に祀る木造阿弥陀如来及両脇侍坐像(国宝、平安後期)が広く知られる。
所在地は左京区大原来迎院町五四〇で、京都市北東部、比叡山西麓の大原盆地に立地する。呂律滝・寂光院などの大原諸寺と一体になった山里景観をなし、境内は呂川・律川の二河川に挟まれた山裾に開かれ、聚碧園・有清園の池泉回遊式庭園が苔の景観で知られる。
本尊は薬師如来で、本堂宸殿に秘仏として祀られる。寺院であるため神格は祀らず、最澄草創伝承、堀河天皇皇子最雲法親王による門跡寺院化、移転を経た現在の大原での天台声明伝承が中心的な信仰・文化史となる。往生極楽院(重要文化財)内陣の木造阿弥陀如来及両脇侍坐像、絹本著色不動明王二童子像は国宝に指定されている。
寺伝では延暦年間に最澄が比叡山に円融房を結んだことに始まる。承雲を経て一一一八年(永久六年)に堀河天皇皇子最雲法親王が入寺、円融院門跡となり、天台五箇室門跡の一つに数えられるようになった。中世には「梶井門跡」「梨本門跡」とも称され、京都市中の梶井門跡を本拠としつつ大原に政所を置いた。明治四年(一八七一年)に門跡を本拠ごと大原に移し「三千院」と公称、文化庁国指定文化財等データベースには往生極楽院の阿弥陀三尊像が国宝として登録されている。
三千院 公式サイト
機関資料天台宗三千院門跡
三千院公式サイト。所在地、本尊薬師如来、最澄草創伝承、最雲法親王の門跡化、大原移転、往生極楽院の阿弥陀三尊像の概要を確認に用いた。
https://www.sanzenin.or.jp/三千院 - Wikipedia 日本語版
二次資料Wikipedia contributors
三千院の最澄草創伝承、最雲法親王の入寺、円融院門跡・梶井門跡・梨本門跡、明治四年大原移転、往生極楽院の国宝阿弥陀三尊に関する二次整理。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%89%E5%8D%83%E9%99%A2