
寺院
總持寺は神奈川県鶴見にある寺院。名称、所在地、由緒を分け、厄除け・道開きの信仰文脈から地図でたどれる。
30秒でわかる
總持寺は神奈川県鶴見に位置する寺院です。所在地、由緒、周辺に伝わる信仰の文脈を入口に、神奈川県の土地との結びつきを地図とグラフで確認できます。分類は検索補助として扱います。
總持寺(そうじじ)は、神奈川県横浜市鶴見区鶴見に所在する曹洞宗の大本山。元亨元年(1321 年)に瑩山紹瑾(けいざんじょうきん、1268-1325)が能登(石川県)に開創した寺院で、明治四十四年(1911 年)に現在地・鶴見に移転した曹洞宗最大規模の寺院。福井県の永平寺と並ぶ曹洞宗二大本山の一つ。
所在は神奈川県横浜市鶴見区鶴見二丁目 1-1。横浜市東部、JR 鶴見駅の西約 500m に広大な伽藍を構える。境内面積約 50,000 坪、伽藍は三松関(さんしょうかん)・三門・仏殿・大祖堂・百間廊下・大僧堂等が東西軸線上に展開する近代曹洞宗寺院の典型構成をとる。隣接の鶴見大学(曹洞宗系)と一体の鶴見宗教文化ゾーンを形成し、永平寺(福井県吉田郡永平寺町)と並ぶ曹洞宗の二大本山。
仏殿本尊は釈迦牟尼仏(しゃかむにぶつ)。大祖堂には曹洞宗の二祖・瑩山紹瑾禅師の像、宗祖・道元禅師(どうげんぜんじ、1200-1253)の像を祀る。瑩山紹瑾は曹洞宗の教線を全国に広めた中興の祖として「太祖」と称される。同じ曹洞宗の系譜では永平寺(福井県)、近隣の建長寺・円覚寺(鎌倉五山)と並ぶ関東の禅文化拠点を成す。
元亨元年(1321 年)、瑩山紹瑾が能登国鳳至郡櫛比庄(くしひのしょう、現石川県輪島市門前町)に開創。後醍醐天皇から「日本曹洞賜紫出世第一の道場」の勅額を賜り、曹洞宗の中心道場として展開した。明治三十一年(1898 年)4 月の本殿火災で能登の伽藍の大半を焼失し、明治四十四年(1911 年)に現在地・鶴見へ移転。能登の旧地には總持寺祖院(そうじじそいん)が残り、本山と祖院の二院体制となった。横浜の大祖堂(昭和四十年・1965 年再建)は木造建築としては東日本最大級。神奈川県横浜市の地域文化財として、現代曹洞宗の中心として機能する。
7 月 15 日の大施食会(だいせじきえ)、10 月の御征忌(ごしょうき、瑩山紹瑾禅師忌)、12 月 8 日の成道会が主要行事。年間を通じ参禅・葬祭・観光参詣者を集める。
總持寺 由緒・所在地資料
機関資料各社寺・公的機関
總持寺の名称・所在地・由緒を確認するための社寺・公的機関の公開資料。
曹洞宗大本山 總持寺 公式サイト
機関資料神奈川県横浜市鶴見区 曹洞宗大本山總持寺の宗旨(曹洞宗 大本山の一つ)・元亨元年(1321 年)瑩山紹瑾による能登開創・明治四十四年(1911 年)鶴見への移転に関する公式由緒。
總持寺 - Wikipedia 日本語版
二次資料Wikipedia contributors
總持寺の名称・所在地・座標を確認するため、Wikidata item Q1250321 と日本語版 Wikipedia を参照。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B8%BD%E6%8C%81%E5%AF%BA