
神社
宇美八幡宮は福岡県にある神社。所在地と由緒を手がかりに、勝運・厄除けの信仰文脈から地図でたどれる。
宇美八幡宮(うみはちまんぐう)は、福岡県糟屋郡宇美町に鎮座する神社。神功皇后が三韓征討から帰還した直後、当地で応神天皇(誉田別命、ほむたわけのみこと)を出産したと伝える古社で、安産・子安信仰の総本宮として知られる。主祭神は応神天皇・神功皇后を含む五柱。
所在は福岡県糟屋郡宇美町宇美 1-1-1。博多湾に注ぐ宇美川の中流、福岡市東方の丘陵に囲まれた盆地に位置する。「宇美(うみ)」の地名は『日本書紀』神功皇后摂政前紀に見える「蚊田邑(かたのむら)」の後身とされ、応神天皇の産誕地に由来して「産み」が「宇美」に転じたと伝えられる。境内には皇后が産湯に用いたとされる「産湯の水」、皇后が応神天皇出産にあたって取り縋ったと伝える「子安の木(クスノキの大樹)」が現存し、いずれも町指定の天然記念物。
主祭神は応神天皇(誉田別命)・神功皇后(息長帯比売命、おきながたらしひめのみこと)。相殿神として玉依姫命(たまよりひめのみこと)・住吉大神・伊弉諾尊の三柱を祀る。『日本書紀』神功皇后摂政前紀十二月条には、皇后が新羅征討から帰還する航路の途上で出産が迫り、石を腰に挟んで産月を遅らせ、筑紫の蚊田で応神天皇を出産したと記される。この伝承により応神天皇および母神功皇后は安産・育児守護の神格として全国に祀られた。
社伝では、敏達天皇三年(574 年)に蚊田邑の産誕地に皇后と応神天皇を祀ったのを起源とする。八幡信仰の隆盛に伴って中世以降は筑前国の有力八幡宮として崇敬を集め、近世には黒田藩の祈願社となった。明治期の社格制度では県社に列せられ、戦後は神社本庁の別表神社。境内のクスノキは樹齢二千年を超えるとされ、福岡県の天然記念物に指定されている。
10 月 15 日〜 16 日の例大祭、4 月 15 日の鎮花祭(はなしずめのまつり)、毎月 15 日の月次祭が継承される。妊婦が境内の「子安の石」を持ち帰り、無事出産後に名前を記して奉納する習俗が近世から続き、社頭には奉納された安産祈願の石が積まれている。
宇美八幡宮 由緒・所在地資料
機関資料各社寺・公的機関
宇美八幡宮の名称・所在地・由緒を確認するための社寺・公的機関の公開資料。
宇美八幡宮 - Wikipedia 日本語版
二次資料Wikipedia contributors
宇美八幡宮の名称・所在地・座標を確認するため、Wikidata item Q924940 と日本語版 Wikipedia を参照。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%87%E7%BE%8E%E5%85%AB%E5%B9%A1%E5%AE%AE