
神仏習合
八幡神は神仏習合に位置づける神格。勝運・厄除けの祈願領域から、関係する神社や聖地へたどる入口になる。
八幡神(はちまんのかみ)は、応神天皇(第十五代天皇、誉田別命・ほむたわけのみこと)を主神とし、神功皇后・比売神を相殿に祀る神格。八世紀以降、宇佐八幡宮(大分県)から畿内・東国へと広がり、源氏の氏神として武門の崇敬を集めた。全国約 4 万社の八幡神社の本宗。
『日本書紀』応神紀には、神功皇后の三韓征伐の道中に皇后の胎内で守護した皇子として誉田別命が記される。『八幡宇佐宮御託宣集』には、欽明天皇 32 年(571 年)に宇佐の地に「我は誉田天皇広幡八幡麿」と託宣して現れたとあり、これが八幡神の現れの起源として伝えられる。『続日本紀』には、東大寺大仏建立(天平勝宝元年・749 年)に際して宇佐八幡神が上京し、聖武天皇の事業を助けた記事がある。
父は第十四代仲哀天皇、母は神功皇后。同体視される誉田別命は『古事記』中巻 神功皇后段にも詳述される。比売神は宗像三女神(多紀理毘売命・市寸島比売命・多岐都比売命)と同体視される説が宇佐八幡宮の宮司家伝にあり、海神系譜との結節点を成す。
宇佐神宮(大分県宇佐市、豊前国一宮)を全国の八幡宮の総本宮とし、石清水八幡宮(京都府八幡市、貞観元年・859 年勧請)、鶴岡八幡宮(神奈川県鎌倉市、康平六年・1063 年源頼義勧請、文治元年・1185 年源頼朝再興)と並ぶ三大八幡宮を成す。源氏の氏神として鎌倉幕府以降の武門に絶大な崇敬を受け、武運長久・必勝祈願の本宗として広く信仰される。
八幡神 関連社寺由緒資料
機関資料各社寺・公的機関
八幡神の祭祀・信仰上の性格を確認するための由緒資料。
八幡神 - Wikipedia 日本語版
二次資料Wikipedia contributors
八幡神の概要に関する二次整理。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%AB%E5%B9%A1%E7%A5%9E