
神社
吉田神社は、京都府京都市を入口にたどる聖地・社寺。吉田山の社と神道史の記憶を、境内と都市の参詣圏。
吉田神社(よしだじんじゃ)は、京都府京都市左京区吉田神楽岡町に鎮座する神社。平安京の鎮護を担った藤原氏の氏神社で、室町期に吉田兼倶が創始した「吉田神道(唯一神道)」の本拠地として日本神道史上重要な位置を占める。社格は旧官幣中社。
所在は京都府京都市左京区吉田神楽岡町 30。京都市東部、京都大学北方の神楽岡(吉田山)に鎮座する。境内は神楽岡の山腹に広がり、本宮、大元宮、若宮社など複数の社殿群を擁する。京都御所東方の祭祀地理に属する。
主祭神は健御賀豆智命(たけみかづちのみこと)、伊波比主命(いはひぬしのみこと、経津主神)、天之子八根命(あめのこやねのみこと)、比売神の四柱。藤原氏の祖神を祀る大和国春日大社(奈良県奈良市)の祭神構成と同一で、藤原氏氏神社の京都における拠点として機能した。境内の大元宮には全国神々を祀る「八百万神」の総祀殿があり、吉田神道の祭祀構造を体現する。
社伝では貞観元年(859 年)、藤原山蔭が春日大社から勧請したのを創祀とする。平安京遷都後の朝廷祭祀に重きを占め、応仁の乱後の文明十六年(1484 年)、吉田兼倶(1435-1511)が大元宮を造営し、独自の神道理論(吉田神道・唯一神道)を体系化した。江戸時代を通じて吉田家は神祇管領職を世襲し、全国神社の神位授与を統括した。明治の神祇制度改革で吉田家の特権は廃止されたが、社は官幣中社として継承された。
2 月の節分祭が最も大規模で、京都の冬の節分行事として広く知られる。4 月の例大祭、11 月の新嘗祭、5 月の山陰祭も主要祭礼。
吉田神社 公式・公的由緒資料
機関資料吉田神社の由緒、所在地、参詣圏を確認するための公式・公的資料。
吉田神社 公式サイト
機関資料吉田神社(京都市左京区吉田神楽岡町、神仏霊場京都30番、吉田神道発祥地)の御祭神・由緒・所在地・節分祭等祭礼に関する公式情報。
https://www.yoshidajinja.com/吉田神社 地域資料・百科資料
吉田神社の名称、所在地、歴史的背景を補助的に確認する二次資料。