
日本神話
建御雷之男神は、国譲りに位置づける神格。剣と雷の神格として、国譲りにおける武神の働きを補う
建御雷之男神(たけみかづちのおのかみ)は、『古事記』に記される天津神 建御雷神の正式名。葦原中国平定(国譲り)で大国主神に国譲りを迫り、建御名方神と力比べをして諏訪に追いやった神格。剣神・雷神の性格を併せ持ち、藤原氏の氏神として春日大社にも祀られた。
『古事記』上巻では、伊邪那岐命が火神 迦具土神を斬った剣の根元に付いた血が岩に飛び散って生まれた三柱の神(甕速日神・樋速日神・建御雷之男神)の最後に成った神として記される。葦原中国平定段では、天鳥船神とともに稲佐の浜に降り、剣を逆さに立ててその切先に座って大国主神と対峙する。『日本書紀』神代下では武甕槌神の表記で、経津主神と並ぶ派遣神格として現れる。
父は伊邪那岐命(剣の血から成った生成神格)。同時に成った兄神に甕速日神(みかはやひのかみ)・樋速日神(ひはやひのかみ)。『日本書紀』の経津主神と一対を成し、後世は中臣・藤原氏の氏神として崇敬された。神武東征段では、神武天皇のもとに自らの剣 佐士布都神(さじふつのかみ、布都御魂剣)を高倉下を介して降したと記される。
鹿島神宮(茨城県鹿嶋市、常陸国一宮)を主たる鎮座社とし、香取神宮(千葉県香取市)と並ぶ東国祭祀の中核。春日大社(奈良市)には神護景雲二年(768 年)に鹿島から勧請されたと『春日権現験記』に伝えられ、藤原氏の氏神四柱の筆頭として祀られた。武芸上達・必勝祈願の神として、近世以降の武門に広く信仰された。
建御雷之男神 たけみかづちのをのかみ/たけみかずちのおのかみ
一次文献國學院大學 古典文化学事業「神名データベース」建御雷之男神。
https://kojiki.kokugakuin.ac.jp/shinmei/takemikazuchinoonokami/古事記 上巻 国譲り段
一次文献古事記 上巻 国譲り段に基づく神格・系譜・登場場面の整理。
神道・神名辞典 建御雷神項
二次資料神道・神名辞典 建御雷神項を参照した神格名・関連文脈の補助確認。
名称や説話、図像、儀礼に重なる具体モチーフです。