
伝承
大国主神が葦原中国を天神側へ譲る神話。事代主神・建御名方神との交渉場面を含む。
国譲りは、『古事記』『日本書紀』に記される神話で、葦原中国(あしはらのなかつくに)を治めていた大国主神(おおくにぬしのかみ)が、高天原の天津神に国を譲り渡す物語。天照大御神は葦原中国を統べる役割を御子の天忍穂耳命(あめのおしほみみのみこと)に与えるとし、使者を派遣する。天菩比神(あめのほひのかみ)、天若日子(あめのわかひこ)が相次いで派遣されるが、いずれも復命せず、最終的に建御雷神(たけみかづちのかみ)と天鳥船神(あめのとりふねのかみ)が出雲の伊那佐之小浜(いなさのおはま)に降り立つ。大国主神は判断を御子の事代主神(ことしろぬしのかみ)に委ね、事代主神は天逆手(あめのさかて)を打って受諾する。もう一人の御子である建御名方神(たけみなかたのかみ)は力比べを挑むが敗れ、信濃の諏訪へ退く。大国主神は壮大な宮の造営を条件に国を譲り、葦原中国は天孫降臨へと向かう。
物語は四段で構成される——(一)使者派遣の連続失敗、(二)建御雷神の降臨と事代主神の承諾、(三)建御名方神との力比べと諏訪への退却、(四)大国主神の譲渡条件と宮の約束。出雲系(国津神)から天孫系(天津神)への政治的・宗教的主権の移行を象徴する中核神話であり、天孫降臨段の直前に位置する。出雲大社の創建神話、諏訪大社の起源、武門神信仰の起点を同時に成立させる結節点である。
建御雷神が降臨した伊那佐之小浜は、島根県出雲市大社町の稲佐の浜に比定される。隣接する出雲大社(出雲市大社町杵築東)は大国主神を主祭神とし、国譲りの代償として造営された天日隅宮(あめのひすみのみや)を起源とする創建伝承を持つ(『古事記』上巻 葦原中国平定段)。建御名方神の退却地は長野県諏訪市・茅野市の諏訪湖周辺で、諏訪大社上社本宮・下社秋宮など四宮を構成する。建御雷神は後に鹿島神宮(茨城県鹿嶋市)に祀られる。
『古事記』上巻 葦原中国平定段(太安万侶撰、和銅五年・712 年)、『日本書紀』神代下 第九段一書(養老四年・720 年)。両書で使者派遣の順序や建御名方神の登場有無に異同がある。『出雲国風土記』(天平五年・733 年)にも関連叙述があり、中世の『先代旧事本紀』、近世の本居宣長『古事記伝』に詳細な注釈がある。
古事記 上巻 葦原中国平定段(国譲り)
一次文献太安万侶(撰)
古事記上巻に国譲りの筋が記される。
https://www.aozora.gr.jp/cards/001518/files/51731_50813.html国譲り - Wikipedia 日本語版
二次資料Wikipedia contributors
国譲り神話の構成と登場神に関する二次整理。