
伝承
法隆寺夢殿伝承は、奈良県斑鳩町を入口にたどる伝承。奈良県斑鳩町を代表地点として、寺社縁起・地名由来の文脈で語り継がれる物語を整理する
法隆寺夢殿伝承は、聖徳太子(しょうとくたいし、厩戸皇子・うまやどのおうじ)の遺徳を慕い、奈良時代の僧・行信(ぎょうしん)が太子ゆかりの斑鳩宮(いかるがのみや)跡に夢殿(ゆめどの)を建立したという、太子信仰の出発点となる縁起譚である。夢殿は天平十一年(739 年)に建立された八角円堂で、太子等身と伝えられる救世観音(ぐぜかんのん)像を本尊として安置する。本尊は秘仏として長く白布に包まれ、明治十七年(1884 年)にフェノロサ(Ernest Fenollosa)と岡倉天心(おかくらてんしん)によって開扉されるまで姿を見せなかったと伝えられる。
物語の中核場面は三つで構成される——(一)聖徳太子の薨去(推古天皇三十年・622 年)と斑鳩の地への思慕、(二)行信僧都による夢殿建立、(三)救世観音像の秘仏化と近代の開扉。夢殿は太子信仰の核心として、中世以降の聖徳太子伝の中心舞台となり、太子の事跡を語る『聖徳太子伝暦』『上宮聖徳法王帝説』の世界と接続する。
中心比定地は奈良県生駒郡斑鳩町法隆寺東院伽藍の夢殿。法隆寺は西院伽藍(金堂・五重塔・中門等)と東院伽藍(夢殿・伝法堂等)の二区画で構成され、夢殿は東院の中心建築。西院伽藍は推古天皇十五年(607 年)創建と伝わり、世界最古の木造建築群として世界文化遺産に登録される。隣接する中宮寺、法輪寺、法起寺と斑鳩三塔・聖徳太子ゆかりの寺院群を成す。
『日本書紀』推古紀の聖徳太子事跡、『法隆寺東院縁起』(天平十九年・747 年)、『上宮聖徳法王帝説』(平安初期)、『聖徳太子伝暦』(平安中期)に文献的基礎が累積する。フェノロサの『東洋美術史綱』、岡倉天心の関連著述が近代美術史への接続を伝える。法隆寺の寺伝、奈良県・斑鳩町の文化財解説、世界遺産関連資料も基礎参照とされる。
寺社縁起・社寺由緒資料 法隆寺夢殿伝承
一次文献寺社縁起・社寺由緒資料 法隆寺夢殿伝承に基づく法隆寺夢殿伝承の代表的な典拠整理。
日本伝説大系
二次資料日本伝説大系などを参照した法隆寺夢殿伝承の地域的受容と異伝の補助確認。
あなたの縁
読了した由緒を起点に、あなた自身の繋がりをひらきます。
名称や説話、図像、儀礼に重なる具体モチーフです。