
伝承
俵藤太の大百足退治は、典拠と代表地点を確認した公開項目として整理する伝承。瀬田唐橋と三上山を舞台にした大百足退治の語りをたどるための入口になる。
俵藤太(たわらのとうた、藤原秀郷)が琵琶湖から流れ出す瀬田の唐橋に差し掛かると、橋を塞ぐ大蛇の上を恐れず踏み越える。大蛇は龍宮の主の化身で、近隣の三上山(みかみやま)に棲む大百足に苦しめられていると訴え、退治を依頼する。藤太は強弓と人の唾を塗った矢で大百足の眉間を射貫き、これを討ち果たす。龍宮へ招かれた藤太は、米の尽きぬ俵、絹の尽きぬ巻物、釣鐘などの宝物を授けられ、釣鐘は三井寺(園城寺)に奉納したと語られる。
怪異退治譚と龍宮訪問譚を組み合わせた中世説話の典型で、英雄・怪物・援助者(龍宮)・宝物授与という四項関係をもつ。蛇=龍と百足という二大怪異の対立構図、強弓と唾という呪具的工夫、釣鐘・俵という具体的な遺物が、史的人物・藤原秀郷の武勇譚と寺社縁起を橋渡しする。
瀬田の唐橋(滋賀県大津市)と三上山(滋賀県野洲市)が中心舞台。三井寺(園城寺、滋賀県大津市)には「弁慶の引摺鐘」と並んで俵藤太奉納伝承の鐘にまつわる縁起が伝わる。藤原秀郷を祖神と仰ぐ氏族の所縁地として下野国佐野(栃木県佐野市)にも関連伝承が及ぶ。
御伽草子『俵藤太物語』(室町後期)が主要典拠。藤原秀郷の史的事績は『将門記』『今昔物語集』巻二十五に承平天慶の乱の追討者として記される。大百足退治譚は『今昔物語集』『古今著聞集』に源流的な蛇・百足説話を見出すことができ、近世の絵本・歌舞伎を通じて広く流布した。
俵藤太物語
一次文献俵藤太物語に見える俵藤太の大百足退治の代表的な典拠。
俵藤太物語
一次文献俵藤太の大百足退治の本文、章節、代表的な筋を確認する一次文献・伝承本文。
日本伝説大系
二次資料日本伝説大系など、俵藤太の大百足退治の伝承差や地域的受容を整理する二次資料。
俵藤太の大百足退治 伝承差整理資料
二次資料俵藤太の大百足退治の地域差、受容、代表地点を整理するための二次資料。
藤原秀郷 - Wikipedia 日本語版
二次資料Wikipedia contributors
平将門追討で知られる藤原秀郷(俵藤太)の人物像と、瀬田唐橋・三上山を舞台とする大百足退治伝承、御伽草子『俵藤太物語』の流布に関する二次整理。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%97%A4%E5%8E%9F%E7%A7%80%E9%83%B7