
伝承
豊玉姫の産屋は、典拠と代表地点を確認した公開項目として整理する伝承。豊玉姫の出産譚と姿を見る禁忌を、王権系譜と分けてたどるための入口になる。
豊玉姫の産屋は、『古事記』『日本書紀』に記される神話で、海神の娘である豊玉毘売命(とよたまびめのみこと)が地上で出産する場面と、夫の火遠理命(ほおりのみこと、山幸彦)に正体を見られて海へ帰る物語。海神宮で山幸彦と結ばれた豊玉毘売命は、身ごもったまま地上へ渡り、海辺に鵜の羽で屋根を葺いた産屋(うぶや)を作って出産しようとする。豊玉毘売命は夫に「私が出産する姿を決して見ないでください、本来の姿に戻りますから」と禁忌を告げる。しかし火遠理命は耐えきれず覗き見し、豊玉毘売命は八尋和邇(やひろわに、大鮫または龍蛇)の姿で身を曲げ匍匐していた。姫は見られたことを恥じ、生まれた御子の鵜葺草葺不合命(うがやふきあえずのみこと)を残して海神宮へ帰る。後に妹の玉依毘売命(たまよりびめのみこと)を遣わして御子を養育させ、玉依毘売命は成人した鵜葺草葺不合命と結ばれて神武天皇を生む。
物語は四段で展開する——(一)地上での産屋作りと禁忌の告知、(二)禁忌の侵犯と本来の姿の露見、(三)豊玉毘売命の海帰と御子の養育、(四)玉依毘売命と鵜葺草葺不合命の結婚(神武天皇誕生への連結)。「見るな」型禁忌譚の典型構造を持ち、伊邪那岐神の黄泉国訪問、浦島太郎の玉櫛笥と通底する。海神族と天孫族の婚姻が二代続くことで皇統が海神の系譜を取り込む構造を示し、隼人・海洋系氏族の祖神伝承とも結びつく。鵜葺草葺不合命の名は産屋の鵜の羽の屋根を葺き終えないうちに生まれたことに由来する。
比定地は宮崎県日南市宮浦の鵜戸神宮。本殿は岸壁の洞窟内に建てられた特異な配置で、豊玉毘売命が産屋を構えた場とされる「お乳岩」「お乳水」が伝わり、安産祈願の聖地として広く信仰される。山幸彦・豊玉毘売命・鵜葺草葺不合命を主祭神とする。日南海岸一帯には関連伝承地が点在し、青島神社(宮崎市青島)と合わせて日向神話圏の聖地を構成する。
『古事記』上巻 鵜葺草葺不合命誕生段(太安万侶撰、和銅五年・712 年)、『日本書紀』神代下 第十段一書(養老四年・720 年)。『日本書紀』には複数の異伝が並記され、豊玉毘売命の変身姿が龍・八尋大熊鰐などと異なる。鵜戸神宮社伝、青島神社社伝、本居宣長『古事記伝』にも継承叙述がある。
古事記
一次文献古事記に見える豊玉姫の産屋の代表的な典拠。
古事記
一次文献豊玉姫の産屋の本文、章節、代表的な筋を確認する一次文献・伝承本文。
日本書紀
二次資料日本書紀など、豊玉姫の産屋の伝承差や地域的受容を整理する二次資料。
豊玉姫の産屋 伝承差整理資料
二次資料豊玉姫の産屋の地域差、受容、代表地点を整理するための二次資料。