
寺院
永源寺は滋賀県永源寺高野町にある寺院。名称、所在地、由緒を分け、厄除け・道開きの信仰文脈から地図でたどれる。
30秒でわかる
永源寺は滋賀県永源寺高野町に位置する寺院です。所在地、由緒、周辺に伝わる信仰の文脈を入口に、滋賀県の土地との結びつきを地図とグラフで確認できます。分類は検索補助として扱います。
永源寺(えいげんじ)は、滋賀県東近江市永源寺高野町に所在する臨済宗永源寺派の大本山。山号は瑞石山。康安元年(1361 年)に近江守護・佐々木氏頼が寂室元光(じゃくしつげんこう、一二九〇〜一三六七)を開山に迎えて創建した近江の臨済禅刹。
所在は滋賀県東近江市永源寺高野町 41。鈴鹿山脈の西麓、愛知川(えちがわ)の上流、永源寺ダム下流の渓谷沿いに伽藍が広がる。秋には境内・参道の紅葉が湖東地方屈指の名所で、滋賀県名勝に指定される。
本尊は世継観世音菩薩(よつぎかんぜおんぼさつ)。子授け・後継ぎ祈願の観音として近世以来の信仰を集める。開山堂に寂室元光禅師像を祀る。寂室元光は元(中国)に渡って中峰明本に師事し、帰朝後は永源寺を開いて関三刹に次ぐ近江の禅林を築いた高僧。同時代の禅僧として夢窓疎石(一二七五〜一三五一)と並ぶ法系を持つ。
康安元年(1361 年)佐々木氏頼の招請で寂室元光が開山。中世には五山十刹に次ぐ林下の名刹として近江一円の崇敬を受けたが、文明十一年(1479 年)と元亀年間(1570 年〜)の二度焼亡。江戸初期に彦根藩主井伊氏の庇護で再興され、井伊氏の祈願寺となった。山門・本堂・含空院などの伽藍は江戸期の再建で、本堂は寛永十年(1633 年)再建の重要文化財級遺構。
4 月 8 日の降誕会、11 月の紅葉祭、10 月の寂室元光禅師忌(開山忌)が継承される。紅葉祭は湖東随一の秋の観光行事。
永源寺 由緒・所在地資料
機関資料各社寺・公的機関
永源寺の名称・所在地・由緒を確認するための社寺・公的機関の公開資料。
永源寺 - Wikipedia 日本語版
二次資料Wikipedia contributors
永源寺の名称・所在地・座標を確認するため、Wikidata item Q1303021 と日本語版 Wikipedia を参照。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B0%B8%E6%BA%90%E5%AF%BA