
寺院
補陀洛山寺は和歌山県那智勝浦町にある寺院。名称、所在地、由緒を分け、厄除け・道開きの信仰文脈から地図でたどれる。
30秒でわかる
補陀洛山寺は和歌山県那智勝浦町に位置する寺院です。所在地、由緒、周辺に伝わる信仰の文脈を入口に、和歌山県の土地との結びつきを地図とグラフで確認できます。分類は検索補助として扱います。
補陀洛山寺(ふだらくさんじ)は、和歌山県東牟婁郡那智勝浦町浜の宮に所在する天台宗の寺院。山号は補陀洛山。仁徳天皇の御代(4〜5 世紀)の創建と伝え、観音浄土への海上渡海行「補陀落渡海(ふだらくとかい)」の出発地として知られる古刹。世界遺産「紀伊山地の霊場と参詣道」の構成資産。
所在は和歌山県東牟婁郡那智勝浦町浜の宮 348。那智湾に面する浜の宮、熊野那智大社の社頭、那智川河口の海岸沿いに鎮座する。前面の那智湾から南方の「観音浄土(補陀落山)」へ向けて渡海僧が船出した伝承の地。熊野那智大社・那智の滝・青岸渡寺と並ぶ熊野那智参詣のひと続きの祭祀域。
本尊は三貌十一面千手観世音菩薩(さんびょうじゅういちめんせんじゅかんぜおんぼさつ)。脇侍に毘沙門天・不動明王を祀る。観音菩薩は補陀落山(観音浄土)の主とされ、当寺の名もこれに由来する。熊野那智大社の祭神・熊野夫須美大神(くまのふすみのおおかみ、伊邪那美神の異名)と神仏習合の関係にあり、熊野那智の信仰圏の一構成。
寺伝では仁徳天皇の御代(4〜5 世紀)の創建と伝えるが、確実な記録は平安期以降。平安〜江戸期にかけて多くの渡海僧(補陀洛渡海者)が当寺から海へ船出した記録が『熊野年代記』『紀伊続風土記』等に残る。中世以来熊野那智大社と神仏習合し、那智大社の別当寺として機能した。明治の神仏分離で独立。本堂は天正十八年(1590 年)の建立で重要文化財。平成十六年(2004 年)世界遺産登録。
5 月 17 日の例大祭(補陀洛山寺渡海祭)、毎月 18 日の観音縁日、7 月の那智の扇祭(熊野那智大社合同)が継承される。渡海祭では古式の渡海船を再現する神事が伝承される。
補陀洛山寺 由緒・所在地資料
機関資料各社寺・公的機関
補陀洛山寺の名称・所在地・由緒を確認するための社寺・公的機関の公開資料。
白華山 補陀洛山寺 公式オンライン
機関資料世界遺産 補陀洛山寺(和歌山県那智勝浦町)の御本尊・由緒・所在地・補陀洛渡海に関する公式情報。
補陀洛山寺 - Wikipedia 日本語版
二次資料Wikipedia contributors
補陀洛山寺の名称・所在地・座標を確認するため、Wikidata item Q2585020 と日本語版 Wikipedia を参照。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A3%9C%E9%99%80%E6%B4%9B%E5%B1%B1%E5%AF%BA