
寺院
両子寺は大分県国東市にある寺院。名称、所在地、由緒を分け、厄除け・道開きの信仰文脈から地図でたどれる。
両子寺(ふたごじ)は、大分県国東市安岐町両子に所在する天台宗の寺院。山号は足曳山。養老二年(718 年)に仁聞菩薩(にんもんぼさつ)が開創したと伝える、国東半島六郷満山(くにさきはんとうろくごうまんざん)の中山本寺。
所在は大分県国東市安岐町両子 1548。国東半島の中央部、両子山(標高 720m)の南麓に伽藍が広がる。境内は鬱蒼とした原生林に囲まれ、参道の仁王門(両子寺仁王像、大分県指定有形文化財)から本堂・大講堂・奥の院へと続く山岳寺院の景観を残す。
本尊は阿弥陀如来(あみだにょらい)。奥の院に千手観世音菩薩を祀る。開山堂に仁聞菩薩像を祀る。仁聞菩薩は六郷満山の開祖と伝える伝説的人物で、養老二年(718 年)に国東半島に二十八ヶ寺、六十九末寺を開創したと伝える。八幡神格である誉田別命(応神天皇)と神仏習合する宇佐神宮(大分県宇佐市)の影響下に成立した六郷満山の中心。
寺伝では養老二年(718 年)仁聞菩薩開創。平安期以降、宇佐神宮の神宮寺的位置から発展し、六郷満山の本山八ヶ寺の中心として国東半島の山岳天台仏教を統括した。中世には武蔵・周防の武家の崇敬を受け、近世は杵築藩の保護を受けた。明治の神仏分離で六郷満山は大きく衰退したが、両子寺は中心寺として継承された。本堂・大講堂・仁王門は近世から近代の再建。
4 月の春の彼岸会、9 月の秋の彼岸会、毎月 8 日の薬師縁日、毎月 18 日の観音縁日が継承される。六郷満山の合同行事として旧三月初旬の「修正鬼会(しゅじょうおにえ)」(国指定重要無形民俗文化財)も継承される。
両子寺 由緒・所在地資料
機関資料各社寺・公的機関
両子寺の名称・所在地・由緒を確認するための社寺・公的機関の公開資料。
両子寺 - Wikipedia 日本語版
二次資料Wikipedia contributors
両子寺の名称・所在地・座標を確認するため、Wikidata item Q3091228 と日本語版 Wikipedia を参照。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%A1%E5%AD%90%E5%AF%BA