
寺院
石手寺を四国遍路と松山の寺院景観から整理する。
石手寺(いしてじ)は、愛媛県松山市石手に所在する真言宗豊山派の寺院。四国八十八ヶ所霊場第五十一番札所で、伊予国を代表する古刹。山号は熊野山。本尊は薬師如来で、本堂・三重塔・仁王門など中世・近世の建造物が国宝・国指定重要文化財に多数指定されている。
所在は愛媛県松山市石手 2-9-21。松山市街東部、道後温泉から徒歩約 20 分の位置にあり、伊予の名湯・道後温泉と一体の参詣景観を成す。境内は熊野山の山麓に展開し、本堂・三重塔・護摩堂・鐘楼・仁王門・宝物館・洞窟(マントラ洞)など個性的な堂宇群が連なる。仁王門は鎌倉時代文保二年(1318 年)の建立で国宝、本堂・三重塔・鐘楼・五輪塔・銅鐘などが国指定重要文化財に指定。
本尊は薬師如来(やくしにょらい)。脇侍に日光菩薩・月光菩薩、十二神将を従える薬師三尊像構成。鎮守は熊野権現(くまのごんげん)で、当寺の山号「熊野山」もこれに由来する。四国遍路の中でも特に密教色が強く、護摩堂・マントラ洞(人工洞窟、内部に多数の石仏と曼荼羅意匠を配する)など独特の意匠を持つ。隣接の道後温泉、近隣の太山寺(たいざんじ、四国八十八ヶ所第五十二番)と並ぶ伊予の遍路札所として参詣体験を成す。
寺伝では神亀五年(728 年)、伊予国守越智玉純(おちのたまずみ)が熊野権現の神勅により伽藍を建立したのを起源とし、聖武天皇の勅願により行基菩薩が薬師如来を刻んで本尊としたと伝えられる。寺号「石手」は、寛平四年(892 年)に伊予国浮穴郡の長者の家に「衛門三郎再来」と書かれた小石を握って生まれた男児の伝説(衛門三郎は四国遍路の始祖とされる伝説的人物)に由来し、四国遍路の起源伝承の中核を担う。仁王門(文保二年・1318 年)・本堂(文保二年・1318 年)・三重塔(鎌倉末期)は鎌倉末期の和様建築の傑作として国宝・重要文化財に指定。明治の神仏分離で熊野権現は分離、現在は真言宗豊山派寺院として継承される。
旧暦正月の修正会、4 月 21 日の弘法大師正御影供(しょうみえく)、8 月 9 日の四万六千日(しまんろくせんにち、薬師如来の縁日)が主要法要。四国遍路の中軸寺院として年間を通じて巡拝者を迎え、衛門三郎再来伝説にちなむ「石手寺の小石」を求める巡礼の伝統が現在も継承される。
石手寺 由緒・所在地資料
機関資料各社寺・公的機関
石手寺の名称・所在地・由緒を確認するための社寺・公的機関の公開資料。
石手寺 公式・公的由緒資料
機関資料石手寺の由緒、所在地、参詣圏を確認するための公式・公的資料。
石手寺 - Wikipedia 日本語版
二次資料Wikipedia contributors
石手寺の名称・所在地・座標を確認するため、Wikidata item Q3155277 と日本語版 Wikipedia を参照。
石手寺 地域資料・百科資料
二次資料石手寺の名称、所在地、歴史的背景を補助的に確認する二次資料。