
聖地
石鎚山を修験・登拝・石鎚神社との接点から整理する入口になる。
石鎚山(いしづちさん)は、愛媛県西条市と久万高原町の境に位置する標高 1,982 メートルの山岳で、四国最高峰。日本七霊山の一つに数えられ、古代以来の石鎚信仰の中核を成す。山頂に石鎚神社頂上社、中腹に成就社、麓の西条市に口之宮本社(くちのみやほんしゃ)を擁する四社一山の山岳霊場である。
所在は愛媛県西条市西田甲 797(口之宮本社)。石鎚山系は西日本最大の山塊で、天狗岳・南尖峰・弥山の岩峰群が天を衝く岩稜を成す。本社(口之宮)は瀬戸内沿岸の里に立ち、土小屋・成就社・夜明峠を経て山頂へ至る登拝道は古来「お山開き」の修験道として整備された。鎖場(一の鎖・二の鎖・三の鎖)は石鎚信仰固有の行場で、岩肌に垂れる鎖を登る修行が継承される。
主祭神は石鎚毘古命(いしづちひこのみこと)。石鎚毘古命は石鎚山の山霊神で、別名「石鎚大神」と称される。中世には蔵王権現・石鎚蔵王大権現と習合し、修験道の本尊として信仰された。山岳霊場としては石鎚神社(愛媛県西条市)が登拝口を担い、山頂の頂上社、中腹の成就社・土小屋遥拝殿、麓の口之宮本社の四社で一山の信仰体系を成す。同じ西日本の山岳霊場である高野山・大峰山との交流も中世以来知られる。
社伝では役小角(えんのおづぬ)が天武天皇期に石鎚山で修行し蔵王権現を感得したとし、奈良時代には石鎚権現として広く信仰された。江戸期には「石鎚詣で」「お山参り」が四国・瀬戸内沿岸の庶民信仰として隆盛。明治の神仏分離で石鎚権現号は廃され、石鎚神社と改称、神仏習合期の蔵王権現信仰は隣接の前神寺(まえがみじ、石鎚山真言宗総本山)・横峰寺(よこみねじ、四国八十八ヶ所霊場第六十番)が継承した。
7 月 1 日〜 10 日の「お山開き大祭」は石鎚信仰最大の祭礼で、白装束の信者が「南無阿弥陀仏」「南無大師遍照金剛」「ナンマイダ、ナンマイダ」の唱和とともに登拝する。10 月の例大祭、2 月の節分祭、毎月 1 日の月次祭も継承され、四国遍路と並ぶ西日本の山岳信仰の中軸として機能する。
石鎚山 由緒・所在地資料
機関資料各社寺・公的機関
石鎚山の名称・所在地・由緒を確認するための社寺・公的機関の公開資料。
石鎚神社 由緒資料
機関資料石鎚山の由緒、所在地、信仰圏を確認するための公式・公的資料。
石鎚山 - Wikipedia 日本語版
Wikipedia contributors
石鎚山の名称・所在地・座標を確認するため、Wikidata item Q2744214 と日本語版 Wikipedia を参照。
石鎚山 - Wikipedia 日本語版
二次資料Wikipedia contributors
石鎚山の名称、所在地、歴史的背景を補助的に確認する二次資料。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%9F%B3%E9%8E%9A%E5%B1%B1