
寺院
上淀廃寺跡は鳥取県米子市にある寺院。名称、所在地、由緒を分け、厄除け・道開きの信仰文脈から地図でたどれる。
上淀廃寺跡(かみよどはいじあと)は、鳥取県米子市淀江町福岡に所在する飛鳥時代から平安時代にかけての寺院跡。出土した彩色壁画は法隆寺金堂壁画と並ぶ日本最古級の仏教壁画として知られ、平成八年(1996 年)に国の史跡に指定された。
所在は鳥取県米子市淀江町福岡 977。鳥取県西部の伯耆国、淀江平野の中央に位置し、大山(だいせん)の北麓に近い。寺域は東西約 100m、南北約 60m を占め、金堂・三重塔・西塔・中門・南門の伽藍配置を持つ。出土遺物は近隣の米子市立淀江歴史民俗資料館に保管・展示される。
本尊は伝来資料から仏像(如来形・菩薩形・天部)と推定されるが現存しない。出土した彩色壁画断片には如来像・菩薩像・天部像が描かれ、法隆寺金堂壁画と類似する図像構成が確認される。寺院の本尊系統は不明だが、出土像容から薬師信仰または釈迦信仰の寺院と推測される。近隣の大山(伯耆大山)の山岳信仰や淀江の在地豪族祭祀との関わりが指摘される。
発掘調査によれば白鳳期(七世紀後半)の創建で、奈良時代から平安時代前期(八世紀-九世紀)にかけて栄えたと推定される。十世紀以降に火災で焼失し廃絶した。発掘調査は昭和五十六年(1981 年)以降継続的に行われ、特に平成三年から六年(1991-1994 年)の調査で大量の彩色壁画断片が出土し、日本最古級の仏教絵画資料として学術的価値が確認された。平成八年(1996 年)に国の史跡指定。
現役の祭祀施設ではないが、米子市立淀江歴史民俗資料館の保存活動と特別公開、考古学関連の見学会が継続的に行われる。
上淀廃寺跡 由緒・所在地資料
機関資料各社寺・公的機関
上淀廃寺跡の名称・所在地・由緒を確認するための社寺・公的機関の公開資料。
上淀廃寺跡 - Wikipedia 日本語版
二次資料Wikipedia contributors
上淀廃寺跡の名称・所在地・座標を確認するため、Wikidata item Q3192451 と日本語版 Wikipedia を参照。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%8A%E6%B7%80%E5%BB%83%E5%AF%BA%E8%B7%A1