倭文神社の写真

神社

倭文神社

公開検証済みしとりじんじゃ

倭文神社は鳥取県にある神社。所在地と由緒を手がかりに、道開き・健康の信仰文脈から地図でたどれる。

概要

倭文神社(しとりじんじゃ)は、鳥取県東伯郡湯梨浜町宮内に鎮座する神社。伯耆国一宮に位置づけられる古社で、社格は旧国幣小社。延喜式神名帳に名を残す伯耆国六座のうちの一座にあたる。

鎮座地

所在は鳥取県東伯郡湯梨浜町宮内 754。鳥取県中部、東郷池北岸の山麓に鎮座し、社地は古代以来の祭祀景観を保つ。近隣の経塚(国指定史跡「伯耆一ノ宮経塚」)から平安末期の経筒・銅鏡が出土しており、近隣の波波伎神社(倉吉市福庭)と並んで伯耆国の中核祭祀地を構成する。

祀られる神格

主祭神は建葉槌命(たけはづちのみこと)。倭文部(しとりべ)の祖神で、織物の神として知られる神格。『日本書紀』神代下に倭文神(しずりのかみ)として登場し、葦原中国平定段に関わる神として記される。配祀に下照姫命(したてるひめのみこと、大国主神の娘)を祀り、出雲系神話との接点を保持する。倭文部は古代の織物生産集団として全国に展開し、その祖神祭祀の中核を伯耆国の本社が担う。

沿革

創建年代は不詳。延喜式神名帳(延長五年・927 年撰)の伯耆国河村郡条に「倭文神社」と記載される式内社で、平安期にはすでに官社の格を得ていた。中世以降は伯耆国一宮として崇敬を受け、平安末期には経塚を伴う中世仏神習合祭祀の中核を成した。中世以降は山名氏・尼子氏など山陰諸大名の崇敬、近世は鳥取藩池田氏の祈願社として継承された。明治期に国幣小社に列せられた。

主要祭礼

5 月の例大祭が中心。古代以来の倭文部祭祀の系譜を継ぐ年中行事として継承される。

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