
神社
金澤八幡宮は秋田県にある神社。所在地と由緒を手がかりに、勝運・厄除けの信仰文脈から地図でたどれる。
金澤八幡宮(かねざわはちまんぐう)は、秋田県横手市金沢中野に鎮座する神社。後三年合戦(後三年の役、永保三年-寛治元年・1083-1087)の戦場・金沢柵(かねざわのさく)の地に建つ地方八幡社で、源義家の崇敬を伝える郷社。
所在は秋田県横手市金沢中野字根小屋 199。秋田県南部の横手盆地、金沢柵跡(国指定史跡)の南東に鎮座する。金沢柵は後三年合戦で清原家衡(きよはらの いえひら)が立て籠もり、源義家(みなもとのよしいえ、八幡太郎)に攻め落とされた中世初期の城柵で、社地はその祭祀域として整備された。近隣には源義家を祀る神社が多く分布する。
主祭神は誉田別命(ほんだわけのみこと、応神天皇)、息長帯比売命(おきながたらしひめのみこと、神功皇后)、比咩大神(ひめおおかみ)の八幡三神。配祀に源義家の霊を祀ると伝える。『日本書紀』神功皇后摂政前紀に皇統系譜が記される八幡神を、後三年合戦の戦勝の鎮守として勧請した武家八幡。大分県宇佐神宮を本社とし、関東・東北の源氏一族祭祀の系譜を継承する。
社伝では寛治元年(1087 年)の後三年合戦の戦勝後、源義家が戦勝報告と戦死者の供養のため、京都府八幡市の石清水八幡宮から勧請して創建したと伝える。中世以降は出羽国南部の武家祭祀の中核として崇敬を集め、近世は秋田藩佐竹氏の領内で郷社的位置を保持した。明治四年(1871 年)に郷社に列せられた。社殿は近代以降の改修を経て現在に至る。
9 月 14-16 日の例大祭が中心。後三年合戦縁起を継承する祭礼として、横手市域の歴史的祭祀の場として継承される。
金澤八幡宮 由緒・所在地資料
機関資料各社寺・公的機関
金澤八幡宮の名称・所在地・由緒を確認するための社寺・公的機関の公開資料。
金澤八幡宮 - Wikipedia 日本語版
二次資料Wikipedia contributors
金澤八幡宮の名称・所在地・座標を確認するため、Wikidata item Q11647600 と日本語版 Wikipedia を参照。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%87%91%E6%BE%A4%E5%85%AB%E5%B9%A1%E5%AE%AE