神社
神田明神は東京都にある神社。大国主神との関係を持ち、商売繁盛・縁結びの祈願領域から地図でたどれる。
神田明神(かんだみょうじん、正式名称:神田神社)は、東京都千代田区外神田に鎮座する神社。江戸総鎮守の古社で、主祭神は大己貴命(おおなむちのみこと)・少彦名命(すくなひこなのみこと)・平将門命(たいらのまさかどのみこと)。日本三大祭の一つ神田祭で知られ、社格は旧府社。
所在は東京都千代田区外神田 2-16-2。JR 御茶ノ水駅・秋葉原駅から徒歩約 5 分、神田明神下の地に鎮まる。境内地は約 2300 坪、現本殿は鉄筋コンクリート造の権現造(昭和九年・1934 年再建)。江戸の総鎮守として徳川幕府の崇敬を受け、神田・日本橋・秋葉原・大手町・丸の内・神保町等、108 町会の氏子区域を擁する。
三柱を祀る。第一は大己貴命(同神異名: 大国主神)、『古事記』上巻 大国主神段で葦原中国の国造りを進めた国津神。第二は少彦名命、『古事記』上巻に神産巣日神(かみむすひのかみ)の御子として現れ、大己貴命と共に国造りを進めた神格。第三は平将門命、平安中期に関東で新皇を称した武将(承平天慶の乱、935–940 年)で、神田明神の地に首塚を持ち、地域の守護神として祀られる。
社伝では天平二年(730 年)に出雲族の真神田臣(まかんだのおみ)が大己貴命を芝崎村(現大手町の将門塚付近)に祀ったのを起源とする。延慶二年(1309 年)に平将門の霊を合祀。元和二年(1616 年)に徳川幕府が江戸城拡張のため現在地に遷座し、江戸総鎮守とした。明治七年(1874 年)に明治天皇御親拝の際、朝敵の平将門を本殿から外して摂社へ。昭和五十九年(1984 年)に本殿復帰。
5 月中旬の神田祭(隔年本祭)は、深川祭・山王祭と並ぶ江戸三大祭で、約二〇〇基の神輿が氏子区域を巡行する。1 月 1 日の歳旦祭、12 月の納め大祭が継承される。
古事記 上巻
一次文献太安万侶(撰)/武田祐吉 校訂
太安万侶撰『古事記』上巻、大己貴命(大国主命)と少彦名命の国造り段。武田祐吉校訂版(青空文庫)。神田明神祭神二柱の典拠。
https://www.aozora.gr.jp/cards/001518/card51732.html神田明神 公式サイト
機関資料神田神社
神田明神(神田神社)公式サイト「神田明神について」「ご祭神」。
神田明神 公式・自治体由緒資料
機関資料東京都
神田明神の所在地・由緒を確認するための公式または自治体資料。
Wikipedia 日本語版「神田明神」
二次資料Wikipedia 日本語版
Wikipedia 日本語版「神田明神」。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A5%9E%E7%94%B0%E6%98%8E%E7%A5%9E神田明神 - Wikipedia 日本語版
二次資料Wikipedia contributors
神田明神の概要に関する二次整理。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A5%9E%E7%94%B0%E6%98%8E%E7%A5%9E