金剛峯寺の写真

寺院

金剛峯寺

公開検証済みこんごうぶじ

金剛峯寺は和歌山県高野町にある寺院。名称、所在地、由緒を分け、厄除け・道開きの信仰文脈から地図でたどれる。

概要

金剛峯寺(こんごうぶじ)は、和歌山県伊都郡高野町高野山に所在する高野山真言宗の総本山。弘仁七年(816 年)に弘法大師空海(くうかい)が嵯峨天皇から下賜された高野山に開創した真言密教の根本道場で、世界遺産「紀伊山地の霊場と参詣道」の中核構成資産。

鎮座地

所在は和歌山県伊都郡高野町高野山 132。紀伊半島中央、紀伊山地の標高約 800m の盆地状高原・高野山一帯に展開する。山上盆地全体が宗教都市を成し、壇上伽藍(だんじょうがらん)・奥之院・金堂・根本大塔・御影堂を中心とする伽藍群が東西約 6km、南北約 3km の山中に展開する。同じ世界遺産構成資産の熊野三山(和歌山県)、玉置神社(奈良県)、吉野・大峯(奈良県)と並ぶ紀伊山地の代表的霊場。

祀られる神格

金堂本尊は阿閦如来(あしゅくにょらい)。根本大塔本尊は大日如来(だいにちにょらい)を中心とする胎蔵界曼荼羅・金剛界曼荼羅の「両界曼荼羅」の立体表現として安置される。奥之院弘法大師御廟には弘法大師空海が今も入定(にゅうじょう、生身のまま禅定に入る)していると信仰される。御影堂には弘法大師像と十大弟子像。同じ空海ゆかりの霊跡では京都の東寺、香川の善通寺と並び、弘法大師三大霊跡を成す。

沿革

弘仁七年(816 年)、空海が嵯峨天皇から高野山を下賜され、修禅道場として開創。天長九年(832 年)の万灯万華会以降、密教の根本道場として展開した。延長七年(929 年)に伽藍火災で衰退後、平安末期に覚鑁(かくばん)が中興。鎌倉以降は皇族・武家の崇敬を集め、戦国期も信長・秀吉の保護下にあった。明治の神仏分離・廃仏毀釈の影響を受けるが復興し、現在は高野山全体に約 117 の塔頭(たっちゅう)寺院を擁する宗教都市。国指定文化財データベースでは国宝二十一件、重要文化財多数。平成十六年(2004 年)世界遺産登録。

主要祭礼

3 月 21 日(弘法大師命日、旧暦)の正御影供(しょうみえく)、6 月 15 日の宗祖誕生会、毎年夏の高野山夏期大学が主要行事。年間を通じ参詣者・修行者を集める。

属性で近いもの

さらに見る

出典

  • 金剛峯寺 由緒・所在地資料

    機関資料

    各社寺・公的機関

    金剛峯寺の名称・所在地・由緒を確認するための社寺・公的機関の公開資料。

  • 高野山真言宗 総本山金剛峯寺 公式サイト

    機関資料

    和歌山県伊都郡高野町 高野山真言宗総本山金剛峯寺の宗旨・寺格(高野山真言宗総本山)・弘法大師空海による弘仁七年(816 年)開創・壇上伽藍/奥之院を中心とする寺院都市構造に関する公式情報。

    https://www.koyasan.or.jp/
  • 金剛峯寺 - Wikipedia 日本語版

    二次資料

    Wikipedia contributors

    金剛峯寺の名称・所在地・座標を確認するため、Wikidata item Q1203429 と日本語版 Wikipedia を参照。

    https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%87%91%E5%89%9B%E5%B3%AF%E5%AF%BA

出典

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