
聖地
高野山を山上伽藍、奥之院、真言密教の寺院都市として分けて整理する入口になる。
高野山(こうやさん)は、和歌山県伊都郡高野町に所在する標高約 800 メートルの山上盆地に開かれた真言密教の聖地。弘仁七年(816 年)に弘法大師空海が嵯峨天皇から賜り開創した金剛峯寺(こんごうぶじ)を中心とする山上の宗教都市で、現在も塔頭百十七寺院が連なる。2004 年「紀伊山地の霊場と参詣道」として世界文化遺産に登録された。
所在は和歌山県伊都郡高野町高野山 132(金剛峯寺)。紀伊山地の中央北部、九度山町から約 20 キロ南上の標高約 800 メートルの平坦地に展開する。八つの峰(八葉蓮華)に囲まれた地形が密教曼荼羅の象徴として選地された。境内中核に壇上伽藍(だんじょうがらん)、東に弘法大師御廟を擁する奥之院、両者を結ぶ参道沿いに塔頭寺院群が立ち並ぶ。麓には慈尊院(じそんいん)・丹生官省符神社(にうかんしょうぶじんじゃ)が町石道(ちょういしみち)の起点を成す。
壇上伽藍根本大塔の本尊は胎蔵界大日如来。金剛峯寺の本尊は薬師如来。奥之院は弘法大師(空海)の御廟で、現在も「入定信仰」により大師が瞑想を続けるとされる。鎮守は丹生明神(にうみょうじん)・高野明神(こうやみょうじん)で、空海の高野山開創時に土地の女神丹生都比売(にうつひめ)が山を譲ったと『金剛峯寺御手印縁起』に伝えられる。丹生官省符神社・丹生都比売神社(和歌山県かつらぎ町)は高野山の鎮守として参詣道の要所に立つ。
弘仁七年(816 年)、空海が嵯峨天皇から高野山を下賜され、修禅の道場として開創。承和二年(835 年)に空海が入定(にゅうじょう)したと『続日本後紀』に記される。中世には法然・親鸞・道元・日蓮らもここで修行したとされ、宗派を超えた聖地として認識された。文禄二年(1593 年)豊臣秀吉が母大政所の菩提のため青巌寺(現金剛峯寺)を建立。明治の神仏分離・廃仏毀釈で打撃を受けたが、女人禁制が大正期に解除され、現在は真言宗高野山派総本山として継承される。
3 月 21 日の正御影供(しょうみえく、空海忌)、8 月 13 日の万灯供養会(まんとうくようえ)、6 月 15 日の青葉まつり(空海誕生日)が三大祭礼。奥之院では旧暦 3 月 21 日に「生身供(しょうじんぐ)」と呼ばれる御廟への食事供養が現在も毎日二度執り行われ、空海入定信仰の核を成す。
高野山 由緒・所在地資料
機関資料各社寺・公的機関
高野山の名称・所在地・由緒を確認するための社寺・公的機関の公開資料。
高野山真言宗 総本山金剛峯寺 由緒資料
機関資料高野山の由緒、所在地、信仰圏を確認するための公式・公的資料。
高野山 - Wikipedia 日本語版
二次資料Wikipedia contributors
高野山の名称・所在地・座標を確認するため、Wikidata item Q535065 と日本語版 Wikipedia を参照。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%AB%98%E9%87%8E%E5%B1%B1高野山 - Wikipedia 日本語版
二次資料Wikipedia contributors
高野山の名称、所在地、歴史的背景を補助的に確認する二次資料。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%AB%98%E9%87%8E%E5%B1%B1