寺院
功山寺は山口県下関市にある寺院。名称、所在地、由緒を分け、厄除け・道開きの信仰文脈から地図でたどれる。
功山寺(こうざんじ)は、山口県下関市長府川端に所在する曹洞宗の寺院。山号は金山。室町期の禅宗様仏殿(国宝)を擁し、長府毛利家の菩提寺。幕末・元治元年(1864 年)の高杉晋作挙兵の地としても知られる維新史跡。
所在は山口県下関市長府川端 1-2-3。長州藩支藩・長府毛利家の城下町長府の北部、川端地区に鎮座する。社地は長府の歴史的町並みの一角に位置し、近隣の長府毛利邸・忌宮神社・長府博物館と一体の歴史景観を成す。境内の仏殿前広場は高杉晋作の挙兵記念碑とともに維新史跡として整備される。
本尊は釈迦如来(しゃかにょらい)。脇侍に文殊菩薩・普賢菩薩を配する。曹洞宗系寺院として、永平寺(福井)・總持寺(神奈川)を本山とする祖統に連なる。境内の毛利家墓所には長府藩主代々の供養塔が並ぶ。仏殿は元応二年(1320 年)の建立と確認される現存最古の禅宗様仏殿の一つで、東大寺南大門と並ぶ中世禅宗様建築の代表例。
嘉暦二年(1327 年)、長福寺として開創された。臨済宗で創建されたが、慶長七年(1602 年)に長府毛利家初代・毛利秀元(もうりひでもと)の入封により曹洞宗に改宗し、毛利秀元菩提のため功山寺と改称された。元治元年(1864 年)12 月、高杉晋作(たかすぎしんさく、1839-1867)が当寺に集まった奇兵隊・力士隊を率いて挙兵し、明治維新の起点となった「功山寺挙兵」の地として知られる。仏殿は国宝、総門・三門は県指定文化財。
12 月 15 日の高杉晋作義挙忌(功山寺挙兵記念日)が幕末維新史の記念日として継承され、4 月の花まつり・8 月の盂蘭盆会も継承される。
功山寺 由緒・所在地資料
機関資料各社寺・公的機関
功山寺の名称・所在地・由緒を確認するための社寺・公的機関の公開資料。
功山寺 - Wikipedia 日本語版
二次資料Wikipedia contributors
功山寺の名称・所在地・座標を確認するため、Wikidata item Q1088510 と日本語版 Wikipedia を参照。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8A%9F%E5%B1%B1%E5%AF%BA