
寺院
園城寺を琵琶湖周辺の寺院景観と天台寺院史から整理する。
園城寺(おんじょうじ)は、滋賀県大津市園城寺町に所在する天台宗寺門派総本山の寺院。通称「三井寺(みいでら)」。天智・天武・持統三帝の産湯に用いられた霊泉(御井・みい)に由来する名で、貞観元年(859 年)に天台宗の智証大師円珍(えんちん)が中興した古刹。山号は長等山(ながらさん)。
所在は滋賀県大津市園城寺町 246。琵琶湖南西岸、長等山の中腹に展開し、琵琶湖と対岸の比叡山を望む景勝地に立つ。境内は約 36 万平方メートル、金堂・釈迦堂・観音堂・三井の晩鐘・閼伽井屋(あかいや、御井の井戸)・唐院(とういん、円珍の影像安置)など 100 を超える堂塔が点在する。隣接の長等公園・琵琶湖疏水と一体の大津の文化景観を成す。「三井の晩鐘」は近江八景の一つとして近世以来知られる景観。
本尊は金堂の弥勒菩薩(みろくぼさつ、秘仏、天智天皇念持仏と伝えられる)。釈迦堂・観音堂・三重塔等の各堂宇に多数の仏像が安置される。観音堂本尊は如意輪観音(西国三十三所第十四番札所)。鎮守は新羅善神堂(しんらぜんしんどう、国宝、新羅明神を祀る)で、円珍が唐留学から帰国の途中で出会った異形の神を勧請した独特の鎮守。同じ滋賀県の天台山門派・延暦寺(比叡山)とは中世以来「山門(延暦寺)・寺門(園城寺)」の対立と並立の歴史を持ち、平安後期から鎌倉期にかけて何度も衝突した。
寺伝では天武天皇朝(672-686 年)、天智天皇の皇子・大友皇子(おおとものおうじ、弘文天皇)の子・大友与多王(おおとものよたのおおきみ)が父の菩提のため建立したのを開創とする。貞観元年(859 年)円珍が中興し、天台寺門派の根本道場とした。円珍と最澄系(山門派)の対立が円仁(じかく)・円珍(ちしょう)の弟子の代に表面化し、正暦四年(993 年)円珍系の僧侶が比叡山を下山して園城寺を本拠とする「山門寺門の分裂」が確定。中世以降何度も山門の僧兵による焼討を受けたが、その都度再興された。豊臣秀吉・徳川家康の援助で江戸期に再興、現存伽藍の多くは江戸前期の建立。金堂・唐院・閼伽井屋・新羅善神堂など 10 棟が国宝・国指定重要文化財に指定。
4 月の桜花期の特別公開、5 月 25 日の智証大師忌、10 月 13 日の天智天皇忌が主要法要。「三井の晩鐘」は除夜の鐘・大晦日の特別撞鐘で広く知られる。同じ近江の天台寺院として、延暦寺との和解と並立の現代的継承が課題となる中で、近年は両寺の共同行事も再開されている。
園城寺 由緒・所在地資料
機関資料各社寺・公的機関
園城寺の名称・所在地・由緒を確認するための社寺・公的機関の公開資料。
園城寺 公式・公的由緒資料
機関資料園城寺の由緒、所在地、参詣圏を確認するための公式・公的資料。
園城寺 - Wikipedia 日本語版
二次資料Wikipedia contributors
園城寺の名称・所在地・座標を確認するため、Wikidata item Q1756307 と日本語版 Wikipedia を参照。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9C%92%E5%9F%8E%E5%AF%BA園城寺 地域資料・百科資料
二次資料園城寺の名称、所在地、歴史的背景を補助的に確認する二次資料。
名称や説話、図像、儀礼に重なる具体モチーフです。