寺院
根来寺は和歌山県岩出市にある寺院。名称、所在地、由緒を分け、厄除け・道開きの信仰文脈から地図でたどれる。
30秒でわかる
根来寺は和歌山県岩出市に位置する寺院です。所在地、由緒、周辺に伝わる信仰の文脈を入口に、和歌山県の土地との結びつきを地図とグラフで確認できます。分類は検索補助として扱います。
根来寺(ねごろじ)は、和歌山県岩出市根来に所在する新義真言宗総本山。山号は一乗山。本尊は大日如来。覚鑁(かくばん、興教大師、1095-1143)の開山による中世新義真言宗の中核寺院で、戦国期には根来衆と呼ばれた僧兵集団を擁した。
所在は和歌山県岩出市根来 2286。紀伊半島北西部、紀の川北岸の根来山(標高約 220m)山麓に位置する。境内地は約 70 万坪を占め、大塔(国宝、室町期)、大伝法堂、大師堂、光明真言殿の伽藍を擁する。近隣の高野山金剛峯寺・粉河寺と共に紀伊半島の真言密教景観の中核を成す。大塔は日本最大の多宝塔(高さ 40m)で国宝。
本尊は大日如来。脇侍に金剛薩埵・尊勝仏頂を祀る金剛界曼荼羅の中尊形式。覚鑁は高野山金剛峯寺の中興、後に高野山を出て当地に移り、新義真言宗の教義(本地身説法・加持身説法の二説並立)を立てたとされる。近隣の高野山・粉河寺と共に紀伊半島真言密教の系譜上の中核を成す。
保延六年(1140 年)、覚鑁が高野山の宗派対立を避けて当地豊福寺に移り、康治二年(1143 年)に没したのを起源と伝える。文亀年間(1501-1504)以降は紀伊国守護畠山氏・根来衆の本拠地として大伽藍を発展させ、戦国期には僧兵数千を擁する独立勢力として知られた。天正十三年(1585 年)の豊臣秀吉による紀州征伐(根来攻め)で堂塔の大半が焼失したが、江戸期に紀州徳川家の支援で再興された。大塔(多宝塔、室町期建立)は秀吉の兵火を免れ、国宝に指定される。
3 月 21 日の弘法大師正御影供、6 月 15 日の興教大師誕生会、8 月の盆会、12 月 12 日の興教大師御影供を中心とする。覚鑁を顕彰する祭礼が新義真言宗総本山の年中行事として継承される。
根来寺 由緒・所在地資料
機関資料各社寺・公的機関
根来寺の名称・所在地・由緒を確認するための社寺・公的機関の公開資料。
新義真言宗 総本山 根來寺 公式ホームページ
機関資料新義真言宗総本山 根来寺の沿革・所在地・参拝情報に関する公式案内。
根来寺 - Wikipedia 日本語版
二次資料Wikipedia contributors
根来寺の名称・所在地・座標を確認するため、Wikidata item Q1552446 と日本語版 Wikipedia を参照。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A0%B9%E6%9D%A5%E5%AF%BA