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神社

能褒野神社

公開検証済みのぼのじんじゃ

能褒野神社は、三重県亀山市田村町に鎮座する神社。日本武尊終焉の地、能褒野に鎮まる。

概要

能褒野神社(のぼのじんじゃ)は、三重県亀山市田村町に鎮座する神社。主祭神は日本武尊(やまとたけるのみこと、倭建命)。日本武尊が東征の帰途、伊吹山で病を得て薨じた「能煩野(のぼの、能褒野)」の地に鎮座する古社で、白鳥となった日本武尊の御霊を奉斎する。

鎮座地

所在は三重県亀山市田村町 1409。鈴鹿山脈東麓、鈴鹿川支流の安楽川流域、亀山市北部の田園地帯に鎮座する。社域に隣接する能褒野王塚古墳(4 世紀末の前方後円墳、墳長 90m)は明治十二年(1879 年)に宮内庁が日本武尊能褒野陵(やまとたけるのみことのぼののみささぎ)として治定。古代の能褒野は鈴鹿山系の西側裾野一帯の旧地名。

祀られる神格

主祭神は日本武尊。『古事記』中巻 景行天皇段では、東征の帰途に伊吹山で病を得て「能煩野」で薨じたと記される(後に白鳥となって飛び去り、河内国に降りる)。『日本書紀』景行天皇紀にも対応する叙述があり、能褒野は日本武尊終焉の地として両書に明記される。当社は能褒野陵(王塚古墳)の傍らに鎮座し、御陵祭祀社の性格を併せ持つ。

沿革

明治十二年(1879 年)の宮内庁による能褒野陵治定を受けて、明治二十八年(1895 年)に当社が創建された。比較的近代の創建ながら、社地は古代より日本武尊終焉地として伝承されてきた地で、近隣の加佐登神社(鈴鹿市加佐登町)・白鳥塚古墳と並ぶ倭建命伝承の核を成す。明治期の郷社、戦後は別表神社に列せられた。

主要祭礼

5 月 3 日の例祭が最大の祭礼で、日本武尊縁起にちなむ神事が継承される。10 月の秋祭、節分祭などが年中行事として続く。能褒野王塚古墳の例祭は宮内庁所管で、神社の例祭と区別される。

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