寺院
輪王寺を日光山の寺院景観と神仏習合の記憶から整理する。
輪王寺(りんのうじ)は、栃木県日光市山内に所在する天台宗の寺院。正式名称は日光山輪王寺。天平神護二年(766 年)の勝道上人(しょうどうしょうにん)の日光山開創を起源とし、日光東照宮・二荒山神社と並ぶ「日光二社一寺」の中軸を成す。1999 年「日光の社寺」として世界文化遺産に登録された。山号は日光山。
所在は栃木県日光市山内 2300。日光市街北部、大谷川(だいやがわ)の対岸、男体山(なんたいさん、標高 2,486 メートル)と女峰山(にょほうさん)の南麓に立つ。境内は広大で、三仏堂(さんぶつどう、本堂、国指定重要文化財)・大猷院(たいゆういん、徳川家光廟所、国宝)・常行堂・法華堂・護法天堂・本坊・大護摩堂などの堂宇が日光東照宮・二荒山神社と一体に展開する。輪王寺・東照宮・二荒山神社の三社寺は江戸期まで一体の「日光山」を成し、明治の神仏分離で形式上分離した。
本尊は三仏堂の阿弥陀如来・千手観音・馬頭観音(千手観音は男体山=大己貴命の本地仏、阿弥陀如来は女峰山=田心姫命の本地仏、馬頭観音は太郎山=味耜高彦根命の本地仏)。日光三所権現(にっこうさんしょごんげん)と称される神仏習合体系の本地仏で、隣接の二荒山神社の三神(男体山・女峰山・太郎山の山霊神)と表裏一体の祭祀構造を成す。大猷院は徳川家光の廟所で、家光の戒名「大猷院」を山号とし、家康の東照宮、家光の大猷院の徳川二代の廟所が日光山に並立する。
天平神護二年(766 年)勝道上人の日光山開山に始まる。平安期以来「日光三所権現」として山岳修験の重要拠点となった。中世には鎌倉幕府・室町幕府の崇敬を受け、関東有数の権門寺院として発展。江戸期には徳川家康の東照宮(元和三年・1617 年改葬)、徳川家光の大猷院(承応二年・1653 年造営)の二代の廟所が当寺・東照宮の境内に造営され、徳川幕府の聖地として整備された。寛永二十年(1643 年)後水尾天皇皇子・守澄法親王(しゅちょうほっしんのう)が初代日光門主(輪王寺宮、りんのうじのみや)として入山、以後幕末まで歴代日光門主が皇族から選ばれた。明治の神仏分離で輪王寺・東照宮・二荒山神社の三者に分割されたが、世界文化遺産登録は三者一体で行われた。
4 月 2 日の強飯式(ごうはんしき、栃木県指定無形民俗文化財)は日光山修験の伝統儀礼で、参列者に大盛りの飯を強要する独特の儀式。8 月の延年の舞、12 月 31 日の除夜の鐘も継承される。同じ日光山の東照宮春季例大祭(5 月 17-18 日、千人武者行列)、二荒山神社弥生祭(4 月 13-17 日)と合わせた日光の年中行事は世界文化遺産の文化的景観として継承される。
輪王寺 由緒・所在地資料
機関資料各社寺・公的機関
輪王寺の名称・所在地・由緒を確認するための社寺・公的機関の公開資料。
輪王寺 公式・公的由緒資料
輪王寺の由緒、所在地、参詣圏を確認するための公式・公的資料。
輪王寺 - Wikipedia 日本語版
二次資料Wikipedia contributors
輪王寺の名称・所在地・座標を確認するため、Wikidata item Q1348249 と日本語版 Wikipedia を参照。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%BC%AA%E7%8E%8B%E5%AF%BA輪王寺 地域資料・百科資料
二次資料輪王寺の名称、所在地、歴史的背景を補助的に確認する二次資料。