寺院
青岸渡寺は和歌山県那智勝浦町にある寺院。名称、所在地、由緒を分け、厄除け・道開きの信仰文脈から地図でたどれる。
30秒でわかる
青岸渡寺は和歌山県那智勝浦町に位置する寺院です。所在地、由緒、周辺に伝わる信仰の文脈を入口に、和歌山県の土地との結びつきを地図とグラフで確認できます。分類は検索補助として扱います。
青岸渡寺(せいがんとじ)は、和歌山県東牟婁郡那智勝浦町那智山に所在する天台宗の寺院。西国三十三所第一番札所で、隣接する熊野那智大社と一体の那智山信仰圏の中核を成す。世界遺産「紀伊山地の霊場と参詣道」の構成資産。
所在は和歌山県東牟婁郡那智勝浦町那智山 8。那智山中、熊野那智大社(くまのなちたいしゃ)と境内を接して伽藍を構える。本堂は那智滝を望む位置に建ち、本堂前から三重塔と那智滝(高さ 133m)を一望する景観は那智山の代表的眺望として知られる。隣接の熊野那智大社、近隣の飛瀧神社(ひろうじんじゃ、那智滝が御神体)、那智原始林と一体の那智山宗教景観を成す。
本尊は如意輪観世音菩薩(にょいりんかんぜおんぼさつ)。脇侍に四天王を安置する。如意輪観音は六観音の一つで、念珠と宝珠を持つ像容で表される観音菩薩。隣接の熊野那智大社の主祭神・熊野夫須美大神(くまのふすみのおおかみ、伊邪那美神に同じ)の本地仏として神仏習合期に位置づけられ、那智信仰の中核を成した。飛瀧神社の御神体・那智滝、熊野本宮大社の家津美御子大神(けつみみこのおおかみ、素戔嗚尊に同じ)と並ぶ熊野三山信仰の本地仏体系を構成する。
寺伝では仁徳天皇朝(4 世紀末と伝える)、インドの裸形上人(らぎょうしょうにん)が那智滝下で観音菩薩像を感得し開創したのが起源。推古天皇朝に生仏聖人(しょうぶつしょうにん)が中興、後に天台宗寺院として整備された。中世から熊野詣の修験道場として隆盛し、熊野那智大社と一体の神仏習合霊場「那智山熊野権現」として皇族・武家の崇敬を集めた。明治の神仏分離で青岸渡寺(寺院)と熊野那智大社(神社)に分離したが、現在も両者は境内を接して機能する。本堂は天正十八年(1590 年)豊臣秀吉による再建で国指定重要文化財。平成十六年(2004 年)に世界遺産登録。
2 月 3 日の節分会、4 月 8 日の灌仏会、7 月 14 日の那智の扇祭り(火祭り、熊野那智大社例大祭との一体行事)が主要行事。
青岸渡寺 由緒・所在地資料
機関資料各社寺・公的機関
青岸渡寺の名称・所在地・由緒を確認するための社寺・公的機関の公開資料。
青岸渡寺 - Wikipedia 日本語版
二次資料Wikipedia contributors
青岸渡寺の名称・所在地・座標を確認するため、Wikidata item Q1476235 と日本語版 Wikipedia を参照。