
寺院
信濃国分寺は長野県国分にある寺院。名称、所在地、由緒を分け、厄除け・道開きの信仰文脈から地図でたどれる。
信濃国分寺(しなのこくぶんじ)は、長野県上田市国分に所在する天台宗の寺院。聖武天皇の国分寺建立詔(天平十三年・741 年)に基づき信濃国に建立された国分寺の法燈を継ぐ寺院で、三重塔は国指定重要文化財。
所在は長野県上田市国分 1049。上田市中心部の東、千曲川北岸の沖積地に鎮座し、近隣には信濃国分寺跡(国指定史跡)が広がる。古代信濃国府域に近接し、上田盆地の古代仏教景観の中核を成す。境内の三重塔と本堂は中世以来の寺観を伝え、近隣の古代遺構と一体の歴史的景観を構成する。
本尊は薬師如来(やくしにょらい)。瑠璃光浄土の主宰仏で、病苦救済を本願とする薬師如来を本尊に置く。脇侍として日光菩薩・月光菩薩を配し、十二神将を眷属とする薬師三尊形式の祭祀構成を継承する。聖武天皇の国分寺建立詔に基づく国分僧寺は『金光明最勝王経』を護持する規定であったが、信濃国分寺は中世以降に薬師信仰の拠点として展開した。
天平十三年(741 年)の国分寺建立詔を受けて信濃国に建立された。古代の伽藍は平安末期に焼失したと伝えられ、現在の境内地に再建された後、中世以降は天台宗の寺院として継承された。三重塔は室町期の建立と伝えられ、国指定重要文化財。本堂は江戸期の再建。古代信濃国分寺跡は境内北側に広がり、別途国指定史跡として保存されている。
1 月の八日堂縁日(信濃国分寺蘇民祭)が著名で、蘇民将来符の授与を中心とする年中行事として地域に根づく。
信濃国分寺 由緒・所在地資料
機関資料各社寺・公的機関
信濃国分寺の名称・所在地・由緒を確認するための社寺・公的機関の公開資料。
八日堂 信濃国分寺 公式サイト
機関資料宗教法人 国分寺(信濃国分寺・長野県上田市・通称 八日堂)の本尊・沿革・所在地・参拝情報に関する公式案内。
https://www.shinano-kokubunji.or.jp/信濃国分寺 - Wikipedia 日本語版
二次資料Wikipedia contributors
信濃国分寺の名称・所在地・座標を確認するため、Wikidata item Q10888022 と日本語版 Wikipedia を参照。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BF%A1%E6%BF%83%E5%9B%BD%E5%88%86%E5%AF%BA