
神社
手向山八幡宮は奈良県にある神社。所在地と由緒を手がかりに、勝運・厄除けの信仰文脈から地図でたどれる。
手向山八幡宮(たむけやまはちまんぐう)は、奈良県奈良市雑司町に鎮座する神社。東大寺(とうだいじ)の鎮守社として知られる古社で、奈良時代の創建を伝える日本最古級の八幡分社。社格は旧県社。
所在は奈良県奈良市雑司町 434。奈良公園東部、東大寺大仏殿の東方、手向山(たむけやま)の麓に鎮座する。社地は東大寺境内の一角に位置し、近隣の東大寺二月堂、若草山、春日大社(奈良市春日野町)と共に奈良の世界遺産景観を構成する。境内の宝庫は校倉造で国宝に指定されている。
主祭神は応神天皇、姫大神、仲哀天皇、神功皇后、仁徳天皇の五柱の八幡神格。豊前国宇佐神宮(大分県宇佐市)を本社とする全国八幡信仰の最古の分社の一つで、東大寺大仏造立の守護神として奈良時代に勧請された。八幡神は仏教守護神として八幡大菩薩(はちまんだいぼさつ)の神号でも崇敬を集めた。
天平勝宝元年(749 年)、聖武天皇による東大寺大仏造立に際し、宇佐神宮から八幡神が上京して大仏造立を助けたと『続日本紀』に記される。同年、東大寺の守護神として勧請されたのが当社の起源と伝える。建長二年(1250 年)に北条時頼の寄進により現社地に遷座した。本殿は元亀三年(1572 年)造替で、楼門、神門と共に国指定重要文化財。明治期に郷社、後に県社に列せられた。
10 月 5 日の例大祭(転害会、てがいえ)が中心。転害門前で勅使を迎える奈良時代以来の伝統行事として継承され、東大寺との一体の祭祀として奈良市の年中行事の中軸を成している。
手向山八幡宮 由緒・所在地資料
機関資料各社寺・公的機関
手向山八幡宮の名称・所在地・由緒を確認するための社寺・公的機関の公開資料。
手向山八幡宮 - Wikipedia 日本語版
二次資料Wikipedia contributors
手向山八幡宮の名称・所在地・座標を確認するため、Wikidata item Q11496939 と日本語版 Wikipedia を参照。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%89%8B%E5%90%91%E5%B1%B1%E5%85%AB%E5%B9%A1%E5%AE%AE