
神社
鷲原八幡宮は島根県にある神社。所在地と由緒を手がかりに、勝運・厄除けの信仰文脈から地図でたどれる。
鷲原八幡宮(わしはらはちまんぐう)は、島根県鹿足郡津和野町鷲原に鎮座する神社。誉田別命(応神天皇)を主祭神とする八幡社で、津和野藩の鎮守の一として崇敬された。流鏑馬神事の馬場が中世以来の原形を留めることで知られ、本殿・楼門等は国重要文化財。
所在は島根県鹿足郡津和野町鷲原 ロ -100。中国山地西縁、津和野盆地の南、津和野川支流の鷲原川沿いに鎮座する。社頭の流鏑馬馬場は約 250m の直線で、中世以来の原形を留める日本でも稀な遺構として知られる。津和野藩亀井氏の城下町・津和野(町割の中世以来の街区が国重要伝統的建造物群保存地区)の祭祀景観の中軸を成す。
主祭神は誉田別命(ほんだわけのみこと、応神天皇)。豊前国宇佐神宮(大分県宇佐市)を本社とする全国八幡信仰の祭祀構成を継承する。八幡神は武家政権下では武運の神として広く崇敬され、当社の流鏑馬神事もこの武運祭祀の継承として位置づけられる。配祀に神功皇后(応神天皇の母神)、比売大神を併祀し、宇佐神宮の三所祭祀の構成を継承する。関連社の出雲大社(島根県、出雲国一宮)、物部神社(島根県、石見国一宮)と共に、山陰の祭祀圏を構成する。
社伝では弘安 5 年(1282 年)に吉見頼行(よしみよりゆき、津和野吉見氏の祖、鎌倉幕府御家人)が津和野に下向した際、鎌倉の鶴岡八幡宮を勧請したのを起源と伝える。中世は吉見氏、近世は津和野藩亀井氏の崇敬を受けた。現在の本殿は寛永 17 年(1640 年)の津和野藩亀井政矩造営で、楼門・拝殿と共に国重要文化財。
4 月の例祭で行われる流鏑馬神事が代表。中世以来の馬場で執行される流鏑馬は、日本三大流鏑馬の一に数えられ、津和野藩の武運祭祀の生きた継承として知られる。
鷲原八幡宮 由緒・所在地資料
機関資料各社寺・公的機関
鷲原八幡宮の名称・所在地・由緒を確認するための社寺・公的機関の公開資料。
鷲原八幡宮 - Wikipedia 日本語版
二次資料Wikipedia contributors
鷲原八幡宮の名称・所在地・座標を確認するため、Wikidata item Q11676221 と日本語版 Wikipedia を参照。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%B7%B2%E5%8E%9F%E5%85%AB%E5%B9%A1%E5%AE%AE