
伝承
素戔嗚尊が出雲で八岐大蛇を退治した神話。古事記上巻に記される。
八岐大蛇退治は、高天原を追放された素戔嗚尊(すさのおのみこと)が出雲に降り立ち、八つの頭と八つの尾を持つ大蛇を倒す神話。出雲の肥河(ひのかわ、現在の斐伊川)の上流で、足名椎命(あしなづちのみこと)・手名椎命(てなづちのみこと)の老夫婦と娘の櫛名田比売(くしなだひめ)に出会う。老夫婦は毎年大蛇に娘を奪われ、最後に残った末娘を救うため助けを乞う。素戔嗚尊は櫛名田比売を櫛に変えて髪に挿し、八塩折之酒(やしおりのさけ)を満たした八つの槽を設けて大蛇を酔わせ、十拳剣(とつかのつるぎ)で切り裂く。尾から出現した剣が後の天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ、草薙剣)である。
物語は四段に整理される——(一)素戔嗚尊の追放と出雲への降下、(二)老夫婦との出会いと災難の告知、(三)酒による罠と退治、(四)剣の出現と天照大御神への献上。乱暴な追放神が英雄神へ転換する変化点であり、姉である天照大御神との和解、後代の出雲国造祖神への系譜、三種の神器のひとつである草薙剣の起源神話として、複数の物語群を結節する位置にある。
舞台は出雲国の肥河上流、現在の島根県雲南市・奥出雲町を流れる斐伊川流域に比定される。雲南市木次町の八口神社、奥出雲町の鬼神神社、須我神社(雲南市大東町、素戔嗚尊と櫛名田比売が大蛇退治後に宮を構えた地と伝わる「日本初之宮」)が関連聖地として知られる。退治後の剣は熱田神宮(愛知県名古屋市熱田区)に祀られ、伝承地は出雲から尾張へと地理的に展開する。
『古事記』上巻 須佐之男命段(太安万侶撰、和銅五年・712 年成立)、『日本書紀』神代上 第八段一書(養老四年・720 年成立)。両書では細部に異同があり、『日本書紀』では出雲の簸川(ひのかわ)と表記される。中世以降は『先代旧事本紀』『出雲国風土記』関連叙述、近世の本居宣長『古事記伝』に詳細な注釈がある。
古事記 上巻 須佐之男命の段(八岐大蛇退治)
一次文献太安万侶(撰)
太安万侶撰「古事記」上巻、和銅5年(712年)成立。素戔嗚尊による八岐大蛇退治・天叢雲剣発見を詳述。國學院大學 古典文化学事業 デジタル版古事記による。
https://kojiki.kokugakuin.ac.jp/八岐大蛇退治 — Wikidata Q11538
二次資料Wikidata contributors
Wikidata structured data entry Q11538: ヤマタノオロチ退治の構造化データ。開放知識グラフによる。
https://www.wikidata.org/wiki/Q11538