
寺院
東京都文京区大塚に位置する真言宗豊山派大本山。徳川綱吉の生母桂昌院の発願で天和元年(1681年)創建。
護国寺(ごこくじ)は、東京都文京区大塚五丁目に位置する真言宗豊山派の大本山。正式には「神齢山悉地院大聖護國寺」と称する。本尊は如意輪観世音菩薩。天和元年(1681 年)二月、第五代将軍徳川綱吉が生母桂昌院(けいしょういん)の発願によって新義真言宗の高僧亮賢僧正を開山に迎え創建した、近世徳川家ゆかりの祈願寺。本堂(観音堂)と月光殿は江戸期建立の国指定重要文化財。
所在は東京都文京区大塚五丁目 40 番 1 号。東京メトロ有楽町線護国寺駅出口から北側、音羽通りの北端に立地し、不忍通り・春日通り・目白通りが交差する高台に建つ。江戸時代は雑司ヶ谷村高田薬園のうちで、参道は音羽の谷を一直線に貫いて雑司ヶ谷から音羽まで広大な境内地を形成した。隣接して大隈重信ら近代政治家の墓所、皇族墓地(豊島岡墓地)が所在する。
本尊は如意輪観世音菩薩(一木彫秘仏)で、桂昌院念持仏として伝来したと寺伝に記される。観音堂(本堂)には脇侍仏として愛染明王・不動明王が祀られ、月光殿(東京都指定有形文化財・滋賀三井寺日光院客殿の移築)には薬師如来が奉安される。真言宗豊山派の大本山として、奈良長谷寺を総本山とする豊山派の関東における中心寺院。
天和元年(1681 年)徳川綱吉の生母桂昌院の発願により高田薬園内の地を寄進されて創建、開山は新義真言宗の亮賢僧正。元禄十年(1697 年)造営の観音堂(本堂)は江戸中期堂建築の代表作として国の重要文化財に指定。江戸時代は綱吉・桂昌院の祈願寺として将軍家・大奥の崇敬を集めた。明治期は廃仏毀釈の波を受けつつも豊山派大本山として継続、皇族墓地豊島岡墓地が境内に設置された。関東大震災・東京大空襲を本堂が免れ、江戸建築を今に伝える。
本尊観音の御縁日は毎月十八日。八月の盆施餓鬼会、十一月の御開帳法要、十二月の除夜の鐘などが年中行事として営まれる。境内の不老門・仁王門・大師堂・多宝塔(昭和十三年再建)・月光殿は東京都・国指定の文化財が並ぶ江戸寺院の代表的伽藍として知られる。
大本山 護国寺 公式サイト
機関資料護国寺
真言宗豊山派大本山 護国寺の本尊・由緒・伽藍(観音堂・月光殿・多宝塔)・年中行事に関する公式情報。
http://www.gokokuji.or.jp/護国寺 - Wikipedia 日本語版
二次資料Wikipedia contributors
護国寺の天和元年創建・桂昌院発願・徳川綱吉祈願寺・観音堂(元禄十年造営)国指定重要文化財に関する二次整理。